学校日記

100メートル全力疾走

公開日
2011/07/05
更新日
2011/07/06

校長室から

 7月1日のロングホームルームで3年生に話しました。
 夏休みを控え,これからの勉強に向けて「気合い」を入れる。ただし学年主任からは,文化祭のこともお忘れなく,と言われていました。
 高校3年生の文化祭は生涯に1度しかありません。大学入試は毎年あります……保護者は,みなさん苦笑。すみません。でも,こういう気概がなければ,と思うのです。
 7月が近づくと,校舎内外のあちらこちらで3年生が三々五々何やら打ち合わせをしたり,身振り手振りを合わせたり,学校がどことなく静かに色めき立ってきます。高校3年生の2か月に及ぶ文化祭の始まりです。

 1999年に入学した生徒たちを,敢えて1期生と呼んだということは第1回でお伝えしました。1期生が3年生になったときに学年主任が,「文化祭は9月だから準備や本番の興奮に流されて勉強に身が入らないようになるのではないか。生徒の中にはそういった心配のいらない人もいるが,そうでない人も少なくない。よって,3年生については全クラスとも文化祭への参加を見合わせたい」ということを言ってきました。そうだろうかとは思いましたが,関係者が話し合った結果,生徒の意向を十分に聴くようにという注文を付けた上で,学年主任の意思を尊重することにしました。
 このころは,学年主導体制を構築するということが大きな課題でした。前例踏襲ではなく,その学年の集団特性に応じた指導体制を整えて教育効果を上げる。そのためにどうすればよいか。
 いまも続いていますが,初めて企画会議という場を設け,いろいろなことを議論し,実行に移していきました。いわば戦略会議です。最初は学年主任と企画部長と教頭の3人だけの会議でした。企画会議については,いずれまたご紹介することにします。
 
 2001年初夏。1期生の一人が担任に尋ねたそうです。
 「クラスとして文化祭への参加はしないということになりましたが,有志で参加するのはいいでしょうか?」
 担任は学年主任に相談した上で答えました。
 「有志が無理のない形で参加するならいいよ。ただ,講堂もアリーナも教室も全部,1年生や2年生やクラブが使うから,場所はどこにするの?」
 「アトリウムはだめでしょうか?」
 「アトリウム? なるほど,あそこはどこも使わないね」

 初めて来ていただいた方に堀川は開放感があると言われるのは,30メートルの吹き抜けの,3方がガラス張りの空間があるからでしょう。東西65メートル,幅8メートル。狭い敷地の小さな校舎ながらも,せめてもの贅沢。アトリウムは堀川のメインストリートです。正面玄関から入ったすぐの所には,ガラスの天井から吊り下げたフーコーの振り子が,ゆっくりと規則的に動いています。

 結局,「有志」とは1期生の全員でした。学年主任は苦笑いをして,「やられました」。そして付け加えました。「でも,これでいいはずがない。彼らはいま文化祭を楽しめるような状態ではない」。
 この学年主任は,生徒に対して厳しい教員でした。日ごろから,勉強するのは高校生の仕事であると言っていました。その仕事を生徒がしていない,とも。しかし,各クラスの「有志」たちの,照れながらも楽しげに演じるパフォーマンスを,目をしばたたかせて見つめていたのもまたこの学年主任でした。
 そのころは文化祭に続いて体育祭があり,体育祭の最後が学園祭の閉会式でした。体育祭は,いまも広沢の池の畔にある堀川高校嵯峨野グラウンドで行っています。その年,閉会式で「その事件」が起こりました。
 閉会式が終わった後,3年生の中から学年主任の名を連呼する声が上がりました。声は広がり,3年生全員の大合唱になっていきました。2年生や1年生が場所を譲って遠巻きに見守る中,促されて学年主任が壇上に立ちました。3年生の大合唱はやみません。中には泣きながら声を上げている生徒もいます。嵯峨野グラウンドの広い空の下,自分を包み囲んでいる生徒たちを見回しつつ言葉をかける学年主任の目にも光るものがありました。
 2001年。残暑の中で秋が始まろうとしていました。私たちが知らないうちに,1期生たちはそれぞれの卒業に向けて歩き出していました。私たちに,経験したことのなかった多くの苦労と,それらを超える数限りない感動とを与えてくれながら。
 1期生はパイオニア,すべての道を拓いた……「堀川高校物語」の第1ページです。いまに続くアトリウムでの3年生のパフォーマンスは,このようにして始まりました。

 さて,先週7月1日。11期生である3年生に話したのは,くれぐれも交通事故に気をつけること,志をもって進路実現に取り組むこと,最後の文化祭のパフォーマンスを楽しみにしていること……そこで終わるつもりでしたが,まっすぐ見つめてくれる,見慣れた多くの顔につい引き寄せられて,つい言葉を続けました。
 「かつて私服時代の堀川には,『高校生らしい服装を』というポスターが貼ってありました。不思議に思って先輩の先生に,高校生らしい服装ってどんな格好ですか,と尋ねました。そしたら,どんな答えが返ってきたと思う?」
 私としては満を持して,「で,高校生らしい服装はどんな服装かと尋ねると,その先生は事もなげに,『100メートル全力疾走できる服装やね』って……」。
 聞いていた教員の中にはにっこりしたり,声をあげて笑ったりする人もいましたが,生徒は概ねきょとんとしていました。あらら。しかし,くじけてはならじと続けました。
 「考えてごらん。君たちそれぞれにとって『100メートル全力疾走する』ってどういうことか」
                                      …… 荒瀬克己