学校日記

【校長室から】自分の人生を生きるということ

公開日
2025/11/16
更新日
2025/11/16

校長室から

アトリウムから見上げる、ガラス越しの空が澄み切った朝となった。
眩いほどの秋の陽光が校舎を照らし出した昨日、1500名を超える中学生と保護者の方々に、堀川高校にお越しいただいた。中学校3年生対象の進学説明会、そして中2生以下の学校説明会の一日。近い将来、本校で一緒に生活するかもしれない中学生に出逢える日であることを考えると、何日も前から胸が高鳴った。それは、日々関わる高校生との大切な時間に、毎日胸の高鳴りを感じるのと同様に。

学校説明会は、100名を優に超える高校生がスタッフとして作り上げた。リーダーがコアメンバーとなり、同級生、あるいは学年を超えたスタッフとともに、一つのプロジェクトを創造する。一ヶ月以上をかけて準備してきた成果を存分に発揮し、アリーナの舞台上では数名が渾身の発表を行い、各教室では学校生活、探究基礎の取組、探究道場の活動、宿泊研修のコース別準備などについて、工夫を凝らした展示とプレゼンを行った。個別相談の会場では、現役高校生の立場から、毎日の生活について存分に語り尽くす様子があった。語ったのは、等身大の自分について、いいこともそうでないことも。

舞台裏や廊下の陰では、黙々と準備と後片付けに取り組む生徒の姿がある。案内や誘導、帰って行く人々への見送りなども含めて、高校生たちは、見えるところでも見えないところでも、来場される中学生、保護者の皆さんへの想いを込めて、一日の活動が続く。長い一日も、過ぎ去ってみればあっという間。精一杯のおもてなしと、自己表現と。もちろん、早朝から夜遅くまで、バックヤードから生徒を支え続けた、教職員の姿があった。

学校説明会の前日、準備の様子を見ている中で、ふと数枚の写真に目が留まった。「堀川高校生の机」というタイトルが添えられ、整然とした机上の写真が掲示されていた。自宅の机の様子であろう。思わず近くにいた生徒に声をかける。「こんなに片付いているん?」すると、一人の生徒が少しいたずらっぽく笑いながら答えた。「片付いている生徒のものを掲示したんですよ。」そうか、と自然に頷く。本当は、片付け上手な生徒もいれば、そうでない生徒もいるだろう。それで自然。それが高校生。それこそが「人」というものの姿である。上手くいくこともあれば、そうでないこともある。いいこともあれば、そうでないこともある。

体育祭からちょうど一ヶ月が経過した。雨天が続いた一週間。その日だけ快晴となり、嵯峨野グラウンドは、眩いほどの太陽に照らされた。(急な真夏日に日焼けしてほころんだ笑顔も、今はすっかり落ち着き、全てが冬の装いへと変わりつつある。)

開会式直前、3年生の男子生徒の一人が、応援合戦に参加してほしいと頼みに来た。タオルを振り回して一緒に盛り上げてほしいという。「とても嬉しい申し出だけど、あなたの色のチームだけを応援するわけにはいかないなあ。全ての色、全ての生徒を応援しているから。もちろん、今日欠席していて、この場に来ていない生徒も含めて、全員を応援しているからなあ。」そう伝えると、はい、と言ってその生徒は自席のテントに戻って行った。10分後、6色全ての鉢巻きを束ねて、彼は戻ってきた。ここにいる全員が、あるいは、ここに来ていない人も含めて、堀川高校に関わる全員にとって、楽しい一日に。応援し合える一日に。そんな想いを込めて、ためらうことなく高校生たちと一緒にタオルを振り回し、青空に投げ上げた。

学校説明会、体育祭のみならず、秋は学校行事や各種イベントが目白押しの季節である。探究道場サミット、地域の文化祭への出演、教育研究大会での公開授業、春の選抜大会につながる部活動の公式戦、文化系部活動の発表会などなど。数え上げることができないほど、学校を取り巻いて、多くの取組、行事、イベントが続く。その中で、上手くいくこともあれば、そうでないこともあるだろう。高校生も、大人も。だが、それで自然。それが高校生であり、それが人というもの。

人生の中で、他人が羨ましく思える日もあれば、どうして自分だけ上手くいかないのだろうと悲嘆に暮れる日もある。そもそも、自らの人生を生きるうえで、他者と何かを比べることにさしたる意味などない。けれど、もし人生がすべて思い通りに進み、自分の望み通りにだけ世界が動くとしたら—それは一体、どのような帰結を生むのだろうか。

たぶん、気が付かないだろう。見えないところで支えてくれている誰かの存在に。光の当たる道ばかりを歩むことで、その陰で働く人々の想いに。陰影を解せぬがゆえに、自分と気の合う者だけで奇妙なグループをつくり、そうでない人々を排除する。−そんな生き方すら選んでしまうかもしれない。そんな人生を、一体誰が望むだろうか。

「失敗」という言葉は、「失い」「敗れる」と書く。「失わず」「敗れることがない」のであれば、「失敗ではない」ということになろう。立ち止まり、それを自ら敗北と決めた瞬間、それは初めて「失敗」となる。だが、歩みを止めなければ、それは「経験の蓄積」となり、やがて「未来への財産」となろう。昔から言うではないか。「失敗は成功のもと」と。言い換えるならば、「すべての出来事は、今この瞬間より先へ続く時間へのギフト」であるのかもしれない。上手くいく日もあれば、そうでない日もある。それで自然。それが高校生であり、大人も子供も変わらず、それが人というもの。

人々が集い、お互いにリスペクトし合い、相互に承認し合いながら、思い切って成長していける。それぞれが自分の人生を描く。高校生も、大人も。

それぞれが自分の人生を生きることのできる学校。そんな堀川高校として、歩みを続けてゆく。

船越 康平