SWIM−2−
- 公開日
- 2011/09/21
- 更新日
- 2011/09/27
校長室から
○上の写真は群読の本番。下は奮闘する調整室の様子
(昨日のSWIM−1−の続きです)
本番が近づいていました。どうするかと考えあぐねて,生徒の練習場所となっている小ホールに行きました。生徒たちは細かな調整をしていました。やりとりをしばらく聞いていて,そして決めました。
こうしてここまで来た生徒たちだからこそ,変更の意味を理解できるだろう。たとえ誰かが本番でしくじったとしても納得してくれるだろう。また,来てくださった方にも,この子たちの思いは十分に伝わるはずだ。いまは,しないで後悔するよりも。万が一失敗したとしても,こうしたいと思うことをこの12人と2年生のリーダーたちにぶつけてみよう。しかし,それは単なる自己満足ではないのか。もう一度自問自答しました。自分の思いを確かめて,私としてはすっきりした気持ちで生徒たちに賭けることにしました。
趣旨を説明した後,何度も変更箇所の読み合わせ。一人の生徒の一音の調子を繰り返します。思うような声が出るまで,表現の流れができるまでやり続けます。
ずっとまっすぐに立って声を出し続けるのは体力を消耗します。考えてみたら,説明会の群読にこれほど生徒が努力する必要があるのかというと,確かに不必要かも知れません。「ムダ」と言えばムダ。しかし,必要な「ムダ」もまたある,と考えるのが学校です。
昨年,朝日新聞の天声人語にジャン・ギットンという人の言葉が引用されていました。「直線は2点を結ぶ最短距離だが,学校は1点から1点への最長距離を教えるところだ」。この言葉は説明会の挨拶でも紹介しました。不必要に見える回り道で,本当に必要な力を身につける。堀川もそういう学校でありたい。生徒諸君,だからやってみよう。
本番。舞台袖ではなく,調整室に上がって正面から彼らを観ることにしました。小さな照明だけがともる暗い調整室には,担当者以外にも多くの生徒や教員がいました。
音響と照明への注文もいろいろと出しました。いま操作卓の前で緊張する音響係や照明係の持っているシナリオには,書き込みがいっぱい入っているはずです。
舞台のスクリーンでは順にスタッフの名前が紹介され,終わると最後のアナウンス。緞帳が下り,スクリーンが上がり,客席の照明が暗くなる中で音楽が高まり,再び緞帳が上がっていく。三分の一ぐらいまで上がったときから,一斉に重なって客席に飛び出す声の勢い。バックのホリゾント幕に薄い青緑の光。浮かぶ12人の影絵。
静かに,そして激しく,また穏やかに響く言葉。最後に,高々とまっすぐに伸ばした指のさす先を見上げるまなざし。まばゆい光に包まれて輝く12人。
F先生は今年70歳。哲人の風貌です。以前,師匠と呼んでもいいですかと尋ねたら,「あほか」とおっしゃいました。「では勝手に呼ばせていただきます」と言って,それ以来F先生は私の師匠です。「言葉の海を泳ぐ」,「記号の海を泳ぐ」,「魂の海を泳ぐ」という言葉は,許しを得て師匠から頂戴しました。
そこから着想した群読の台本が「SWIM」です。
…………………
今まで生きてきた時間のすべてを自らの力にして,
呼吸を整え,さあ出発だ。
たくましさを知り,しなやかさを学び,
静かに心を見つめ,
あるいはゆるやかに,あるいは激しく,
眼前にたゆたう海に,
言葉の海に,記号の海に,たましいの海に,
海に向かう。
言葉の海を泳ぐ
記号の海を泳ぐ
たましいの海を泳ぐ
はるかな陸地をめざして
あこがれの陸地をめざして
すべての力を尽くし
かつて父がそうだった
かつて母がそうだった
静かに呼吸を整え
懸命に腕を伸ばし
高らかに波を蹴り
ひたすら夢に向かって
泳ぎつづける
ずいぶん時間が経った。
なつかしい日々が浮かんでくる。
いまどの辺りにいるのだろうか。
孤独が水よりも冷たい。
淋しさが波よりも暗い。
疲れが鉛の雲よりも重い。
陸地なんて見えないじゃないか。
いったいいまどこにいるんだ。
戻りたい,あの頃に帰りたい。
苦しくてしかたがない。
もう手が動かないのに,もう脚が伸びないのに,
どうして誰も助けてくれないんだ。
いまの声は何だ。
そこにいるのは誰だ。
君は……。
君も泳いでいたのか。
この暗い海の中で自分だけしかいないと思っていた。
ひとりだけが苦しいと思っていた。
君もいたのか。泳いでいたのか。この暗い海の中を。
みんなそれぞれにもがいていたんだ。
疲れたら休めばいい。
力を抜いて漂えばいい。
空にちりばめられた星を仰いで,
ゆるやかにたなびく雲を眺めて,
そう。そして,また泳ぎ始める。
腕と脚を伸ばし,泳ぎ始める。
光に向かって,夢に向かって,行くよ。
この光る海を,泳いでいくよ。
言葉の海を泳ぐ
記号の海を泳ぐ
たましいの海を泳ぐ
はるかな陸地をめざして
あこがれの陸地をめざして
すべての力を尽くし
かつて父がそうだった
かつて母がそうだった
静かに呼吸を整え
懸命に腕を伸ばし
高らかに波を蹴り
ひたすら夢に向かって
泳ぐ
泳ぐ
泳ぐ
…………………
「陸地なんて見えないじゃないか」の最後の「か」もまた,本番直前の練習で何度も繰り返しました。「もっと吐き捨てるように,叩き切るように」。「か」,「か」,「か」,「か」,「か」,「か」……。
本番前,最後の練習を終えた小ホールで,休憩していた生徒たちが面白いことをやり始めました。円陣を組んで右手を中央で低く重ね合わせ,「泳ぐ」,「泳ぐ」としだいに声を大きく,手を高く伸ばしていって,最後の「泳ぐ」で決める。試合前の気合。「そうや,これ伝統にしよ」。「来年もやってね」。はじけるような笑い声。
「先生も一緒に」
「ありがとう。でも,君たちだけでやるほうがいいよ」
明るい声で「泳ぐ」が繰り返されていました。負荷を乗り越えようとする生徒たちのまぶしさ。
説明会のアンケートには,さまざまに動いていた生徒たちをほめてくださる内容がどっさり。本当にありがとうございます。
生徒諸君,ホメ言葉ヲ正シイ自信ニシテ,厳シイ言葉ヲ本物ノ勇気ニシテ,明日ニ向カッテイクンデスヨ。
早く入ったのに座席が奥の後ろになって聞きづらかった,というご指摘がありました。ご事情も丁寧にお書きでした。本当に申し訳ありませんでした。ご趣旨は必ず今後に活かします。
このページのことを書いてくださった方もいらっしゃいました。過分のお言葉に感謝します。ただ,私は「イイトコドリ」をしているだけです。見えないところで悩み考え,ためらいつつ次の一歩を出そうとする生徒たちと,やはり見えないところで彼らを支えて寡黙に仕事をする,まさに本物の現場で堀川をつくっている教職員たちに,いただいた評価をそのまま贈ります。
さて,グラウンドの状態が悪く,明日に予定していた体育祭は23日に延期となりました。生徒会執行部と3年生には伝えてありますが,ソウルでシンポジウムがあるため,残念ながら私は出席できません。
秋の澄みわたった空の下で,生徒たちの清新躍動を期待しています。
21号(2011.09.21)……荒瀬克己