ナデシコ
- 公開日
- 2011/07/19
- 更新日
- 2011/07/19
校長室から
ナデシコは「撫子」。広辞苑では,「ナデシコ科の多年草。秋の七草の一。日当たりのよい草地・川原などに自生。高さ数十センチメートル。葉は線形で先端がとがる。八,九月頃,淡紅色,まれに白色の花を開く。花弁は五枚で上端が深く細裂。種子は黒色で小さく,利尿に有効。カワラナデシコ。ヤマトナデシコ。とこなつ」。「襲(かさね)の色目。表は紅,裏は紫。または,表は紅梅,裏は青。とこなつ」。「紋所の名。ナデシコの花を取り合わせて描いたもの」。「愛撫する子。和歌などで,多く植物のナデシコにかけて用いる」。
「やまと(大和)」を引くと,「大和撫子」があって,「ナデシコの異称」,「日本女性の美称」。
ちなみに,ナデシコは堀川高校の前身である堀川高等女学校の校章です。堀川高女では,戦前から英語が正課であったそうです。日本人女性初のオリンピックメダリストである,陸上競技の人見絹江さんが勤めていたこともありました。いま玄関前には,第27回卒業の有志の方々からいただいたソメイヨシノが青々と葉をつけています。
7月18日月曜日は「海の日」。明け方からサッカー女子ワールドカップ決勝戦の中継を観ました。格上のアメリカチームを相手に,圧倒されても,先にゴールを決められても,90分間を最後まであきらめずに粘り強く闘って同点にした「なでしこジャパン」。延長戦でも先取され,それにも耐えて後半引き分けに持ち込み,迎えたPK戦でついに勝利。
2時間余りに及ぶ試合で2度追いついて,やっと頂点に立つという壮絶の栄光を得た選手たちの軽やかな笑顔を見て,彼女たちの必ずしも恵まれてはいない練習環境やそれぞれの苦闘とも呼ぶべき努力を思わずにはいられませんでした。それにもかかわらず,こんな小さな体のどこにあんなエネルギーがあったのだろうか,と胸が熱くなりました。
興奮の後の表彰式と閉会式。勝者をたたえて舞い降りてくる数知れぬ金色のテープ。それがとても似合う,しなやかな「なでしこ」たち。陰りのない笑顔。実にさわやかな笑顔。
7月17日は祇園祭の山鉾巡行でした。優雅で力強い祇園囃子とともに,さまざまに意匠を凝らした32基の山鉾が,炎天下の都大路をゆっくりと動いて行きます。
今年は月鉾,放下(ほうか)鉾,浄妙(じょうみょう)山3基の曳き手に堀川高校の生徒が加わりました。巡行の終点にあたる御池通りと新町通りの交差点の傍らに設けられた本部テントにも,スタッフユニフォームを着た堀川の生徒たちが詰めていました。巡行の状況を把握しつつ,到着した山鉾の関係者にお茶を出して慰労します。
祇園祭の曳き手や本部スタッフに高校単位で参加するのは堀川だけです。地元にある高校だということで参加の機会をいただいています。それを受け,堀川では「町へ出よう!プロジェクト」という企画の一つに位置付けています。この企画は,生徒たちに学校外での多様な体験を促すものです。今回は,在学中に経験した卒業生が来て,参加する生徒たち約60名を準備段階から束ねてくれました。
栄冠をめざす取り組みも,数百年の伝統を守る取り組みも,また,何らかの研究や問題解決も社会への参加や貢献も,表舞台だけしか見えないことが多くありますが,表舞台が円滑に動くためには,舞台裏での周到な準備が不可欠です。
見えるものは,見えないところで用意されている……あらためてこのことを思います。
いつ解決するかわからない,どうやったら答えに至るか見えない,そういう取り組みもまた,試行錯誤と研究と,それを続ける努力が欠かせません。それらに支えられて,事は動いていきます。あることが成功するか否か,それは誰にもわかりません。しかし,望む結果を,求める成果を得ようとして懸命に取り組むことによってのみ,期待した,あるいは望外の果実がもたらされる可能性があるのであって,何事も為さない限り,何一つ成されることはありません。
謙虚であれ。
笑顔を忘れぬ挑戦者であれ。
17日の朝,巡行を見るために四条通りに行こうと思って家を出たら,セミの声。いつもは梅雨明けに鳴き始めたセミが,今年は早く梅雨が明けたのにどうして鳴かないのかと心配していましたが,とうとう鳴きました。地上に出て木に登り短い命を力の限り謳歌するためには,セミもまたしかるべき準備が必要だったのでしょう。
…… 荒瀬克己