「やさしい心」とは〜人権集会から〜
- 公開日
- 2010/12/01
- 更新日
- 2010/12/01
校長室から
今日は,全校の子どもたちが体育館に集まり,『人権集会』が行われました。子どもたちとの対話を大切にしながら,人権についてみんなで考えることができないかとの思いから,『校長先生からの話』を次のように進めてみました。
○みなさんの中には,校長室に入ったことのある人もいますね。校長室には大切なものがたくさん置いてあります。壁にかかっている,この額も実は大変大切なものです。なぜ大切かというと…。ここには,こうして「学校教育目標」が書かれているからです。
○「学校教育目標」というのは,下鳥羽小学校にかかわるみんなの,大きなめあてです。下鳥羽小学校の教育が,今,向かっている方向を示しています。それは「自らすすんで学びあう子を育む」というものです。自分から学ぶのです。勉強するのです。でも,「学びあう」のですから,自分一人だけではなくて,みんなで協力して学ぶ,勉強する訳ですね。これは算数や国語の勉強も含まれますが,それだけではありません。人として学ばねばならないことはたくさんあります。ここに,「やさしい心」「たくましい体」「たしかな考え」という言葉が続いていますね。今日は,この「やさしい心」について,みんなで考えてみましょう。(「やさしい心」とボードに板書する。)
○みんなは「やさしい」とはどんなことを言うと思いますか。言ってみようと思う人はいますか。
□ものが落ちたら,拾ってあげる。その人に渡してあげる。
□それをしてあげたら,相手の人が「ありがとう。」と言ってくれる。
(これは,今回は取り上げられなかったのですが,素晴らしい発言だと思います。「やさしさ」とは,その行為をしている人の勝手な思い込みであるものではなく,相手の喜びや感謝があってこそホンモノだと言っている訳ですから。)
□困っている人がいたら助けてあげること。
□ドッジボールをしていて,うまくできない人,上手に投げられない人がいたら,教えてあげる。(「でも,ゲームには勝てないかもしれないよ。」と問うと,「それでも教えてあげることが大切やから。」と答える。)
□よいことはよいと言い,悪いことは悪いと言うこと。
□人をたたいたり,けったりしないこと。
○なるほど,「よいことはよい。悪いことは悪い。」と言えることも「やさしい心」だというのですね。(「よいことはよい。わるいことはわるい。」とボードに板書する。)でも,これには勇気がいりそうです。なかなか言えないかもしれない。みんなはできるかな。
○実は,この学校のどこかには,もう一つ「…………の心」と書いてあるものがあるのです。どこに書いてあるかわかりますか。
□職員室の前にも書いてあります。(「そうですね。先生たちもいつもよく見えるところに学校目標が大きく書いてあります。あれは,最初に話した『やさしい心』ですね。他の言い方をしているものはありませんか。」と返す。)
□築山のところに石があって,そこに書いてあります。「正しく強い心」です。
○そうです。これです。(石碑の写真をボードに掲示する。)「正しく強い心」です。これはどちらかの心があれば,それでよいという訳ではありません。「やさしい心」をもつことは,「正しく強い心」をもつこととつながっている。「正しく強い心」がなければ,人にやさしい行いなどできないのではないしょうか。「よいことはよい。悪いことは悪い。」とはっきり言えることも「やさしい心」だとするならば,そういうことになりますね。どうでしょう。「やさしさ」と「強さ」なのです。
○この後,それぞれの学級で,「やさしい心」とはどんな心なのかをぜひ話し合ってみてください。「やさしい」とは,これまで「柔らかで弱いこと」だと捉えていたのなら,一度考えてみてください。