学校日記

「特撮ヒーロー」の未来

公開日
2017/10/31
更新日
2017/10/31

校長室から

 子どもたちの会話が聞こえてきました。「ねえ,今やってる○○は何て言うか知ってる?」「えっ,何?」尋ねられた子はあんまり興味がなさそうです。尋ねた子は,テレビの特撮ヒーロー番組について話がしたいようです。私は思わずその会話に割って入り,「先生,知ってるよ。○○です。」昭和40〜50年代の怪獣ブーム,ヒーローブームを育った私にとって,今も続くそのヒーロー番組は,視聴することはないものの,懐かしさもあり,依然として興味の対象ではあります。その子は少しキョトンとしていましたが,その後は.「じゃあ・・・」と質問攻め。こちらも負けまいと質問返し。大いに話が盛り上がりました。そして,驚くべきことにその子は,私が子どもの頃見ていた1971年のヒーローを演じていた俳優の名前まで知っていたのです。
 漢字や元素記号をたくさん知っている子もいれば,ヒーローの名前を数えきれないほど知っている子もいます。大人顔負けの鉄道に関する知識を持っている子もいれば,「三国志」博士のような子もいます。虫が大好きな子もいれば,野球選手をたくさん知っている子もいます。子どもたちの興味や関心はあらゆる対象に向きます。そして,ややもすると,私たち大人はその興味や関心の「対象」で,その「知」に優劣をつけてしまいます。「そんなことを覚えて何の役に立つのか。」と言ってしまいがちです。子どもたちが獲得した「知」を「役に立つかどうか」という価値で優劣をつけるべきでしょうか。
 本当に大切なのは,何かに「興味や関心がわく」という過程をその子が自力で経験したということです。好奇心や探究心が揺さぶられる何かとの出会いがあったということです。その経験こそが,次の何かに役に立つのでしょう。ですから,私は「知」に優劣はないと思います。
 そんなことを考えていて,ふと特撮ヒーローに憧れて宇宙飛行士になった人のことを思い出しました。