学校日記

* 意図的な教育と非意図的な教育 *

公開日
2014/06/09
更新日
2014/06/09

校長室から

今月号は少し難しそうな題を付けましたが例を挙げて説明しましょう。
5月22日と23日に6年生とともに修学旅行に行ってきました。晴れてはいるもののあまり暑くもなく海辺近くなので風もあり快適でした。宿舎に入るときや昼食や夕食など子どもたちがみんなの前で一言話をする機会が多くありました。そこでの話はホントに私としては満足な内容でした。
というのは,「感動と感謝,ルールとマナー」という言葉があちらこちらに入っていて,すっかり子どもたちにも浸透していることでした。もちろん担任の先生もクラスでの話でこの言葉をよく使ってくれているのでしょう。私も意図的にこの言葉を朝会や挨拶の中でよく入れ込んで話していますし,子どもたちにもよく投げかけます。「校長先生との合言葉を覚えているかい?」と言えば「感動と感謝,ルールとマナー」という言葉が返ってきます。
担任は普通の授業でもカリキュラムに沿って教えるべきことを教えるべき時に授業をしていきます。急に入れ込まねばならない内容が出てきたとしても,どのように教えるか考えて意図的に話をします。つまり教え手側が教えたいことを考えて教えることが意図的な教育ということができます。
ところが教え手側が教えようと思っていないことを子どもが学んでしまうことも実際の社会生活や授業の中でも多々あります。例えば6年生の言葉の中でも「う〜ん」というつなぎ言葉がよくありました。これは私のしゃべり癖で話の接続の時によく使います。知らず知らずのうちに教え手側の癖を子どもも真似てしまっているのです。私のしゃべり癖を子どもに学んでもらおうという気持ちは全くないのに,子どもたちは学んでしまっているのです。これは必ずしも良くないことばかりではありません。少し昔の時代では親が家で仕事をしていることも多く,親も子どもに学ばせたいとは思わないながらも,親の背中を見て育っていってくれました。だからあえて子どもに教え込まなくても子どもたちは生き方を学んでいけました。「わざわざ教えたい」と思っていないことを子どもたちが学んでいく事を「非意図的な教育」という言い方をします。
実際の社会ではこのようなことは多くあります。また,この非意図的な教育は大人になってからも多々あります。でも多感な子どもたちには私や担任も気をつけなければならないことだな…と再確認しました。
子どもたちは持ってもらった担任や顧問の教職員に似るということはよく言われます。また親子はそっくりなしゃべり方をするとも言われます。これはある意味当然かもしれませんね。修学旅行の子どもたちの話を聞いていて,ふとそんなことを考えました。

校長 安田 曜