学校日記

大胆に改革し頑固に守る

公開日
2012/10/05
更新日
2012/10/05

校長室から

今年度の学校教育目標のスローガンとして上記のような文言を入れています。子どもに対する愛情や教育に対する熱い思いはいつの時代であっても忘れてはなりません。目の前の子どもたちに何ができるか,またその時々の課題に合わせて一人一人を焦点化し,その子に届く教育をしていかねばなりません。それはいくら時代が便利になっても,いくらスピード化されても高度情報化時代になっても変えてはならないものです。
逆に今の子どもたちには今の子どもたちに合った教育方法があります。パソコンによる学習もそうですし,携帯電話の使い方のマナーをしっかり教えておかなければ危険な道具になってしまいます。また6・3制(小学校を6年間・中学校を3年間)自体が今の子どもたちの成長過程には合っていないのではないか…という議論もあります。今までの学校教育の常識や家庭教育の常識も変えていかねばならないところもあります。
明治時代に京都新聞の前身である「みやこ新聞」の社説には面白いものが掲載されています。ちょうど就学率が伸びきったころの記事です。それは「最近の家庭ではしつけというものがなっていない。われわれの若い時にはもっと厳しく家で叱られたり,家の手伝いや親孝行をしたりしたものだ。」というものです。いつの世の中になっても年寄りから見た「最近の若い者」は同じなのかもしれません。
さて先日はある会で戦後間もなくの七三学区の様子を聞く機会がありました。京都にも連合軍の爆撃機が現れるようになって集団疎開や縁故疎開をされたそうです。戦争が終わって疎開から丹波口に帰ってきて目の前にしたものは,進駐軍の多くの黒人兵だったそうです。それまでは学校の屋上に上るとセリ畑の向こうに桂川の堤まで見えたそうですが,畑の代わりにアメリカ軍のキャンプが幾重にも建ち並ぶのが見えたそうです。豊かだった畑はテントに変わり新鮮な野菜いっぱいのおなかは痩せこけたひもじいおなかに変わったそうです。けれども再びこの七三校に学び,精一杯働いた世代の方々のおかげで,またにぎわいのある活き活きとした七条第三小学校の今があるということです。戦前の航空写真には花屋町通は佐井通りまでしか抜けていません。七本松通も狭い道だったようです。その写真は校長室にありますのでまた見にいらしてください。走りやすい広い道が通っても学問や子育ての道は狭くしんどいものだということを暗に教えてくれている気がしました。
                            校 長   安 田  曜