はぐくみ委員報告
- 公開日
- 2017/09/08
- 更新日
- 2017/09/08
育友会関係
9月6日(水)に京都アスニーで行われた
「はぐくみ委員会・親まなび委員会合同学習会」に参加してきました。
今回の学習会は,講師に声楽家の「青野 浩美さん」をお招きして,
「前例がなければ,つくればいい」と題した講演と美しい歌声を聞かせていただきました。
薄いオレンジ色のドレスを着て車椅子に乗った青野さんが,
ピアノ演奏を担当されるお母様と一緒に舞台に登場されました。
そして,講演前にまず「野ばら」と「オー・ソレ・ミオ」を歌ってくださいました。
生で声楽家の歌声を聞いたことがない私は,美しい歌声に聞き入ってしまいました。
青野さんは,同志社女子大学にて声楽を学び,卒業。声楽家をめざしていた矢先,
原因不明の神経性難病を発症し,突然寝たきりになられました。
その後,半年間の入院とリハビリで車椅子にのりながら身の回りのことは自分でできるようになり退院。
退院後,家に帰ると「歌いたい!!」という衝動に駆られたそうです。
「車椅子の人が,本当にいい声で歌えるのか?」
青野さんにこんな言葉をかけてくる人もいたそうです。しかし青野さんは,
「この人は,車椅子でも綺麗な歌声を出せるということを知らないだけだ。
車椅子でも歌えるということを多くの人に見てもらえばいいんだ。」
と思われたそうです。
しかし,人前で歌う活動をしていたさなか,今度は呼吸が止まる発作に襲われるようになります。
悩み苦しんだ末に,命を守るため「気管切開」(気管切開をすると、一般的には声を失う)を決断されます。
医師から手術前に,
「スピーチカニューレという器具を使えば,話せるようになるかもしれない。しかし話せたとしても,不明瞭な音だし,歌っている人は見たことがない。」
と言われます。この時青野さんは嬉しかったそうです。
「歌う事を禁止されたわけじゃない。ためしてみればいい。やってみればいい。前例がないなら,私がつくればいい。」
そして現実に以前とほぼ変わらない歌声を取り戻すことに成功されました。
講演最後に,「ビリーブ」という歌を歌ってくださったのですが,その前に話された内容が印象的でした。
「この歌の歌詞【悲しみや苦しみが、いつの日か喜びに変わるだろう】を見たとき,まるで自分の為に書かれたように感じました。
私は特別に強い人間というわけではありません。障害が出たとき,悲しくて絶望し,涙の止め方がわからないぐらい泣きました。
でも今は気持ちの持ち方が変わりました。綺麗事ではなく,今の自分の状況に感謝しています。この体があってこその今の自分です。」
「私も関西人なのでウケてなんぼやと思ってます!」
と冗談をまじえながら話してくださった青野さんに沢山の元気を頂けた講演でした。