(アーカイブ2016年8月19日) 地域の中の学校
- 公開日
- 2017/05/02
- 更新日
- 2017/05/02
校長室ウェブログ
今年も8月15日、16日の2日間、本校グラウンドで、銅駝区民盆踊り大会が開催されました。16日はあいにくの大雨となり早めの終了となりましたが、両日ともたくさんの方が参加されました。グラウンド中央には櫓が組まれ提灯も吊るされます。小さい子どもさんから年配の方まで、また地域の方だけでなく外国人の旅行客も興味津津で会場へ。この盆踊り大会は今年で37回目。銅駝中学校が柳池中学校へ統合(その後京都池中学校へ統合)された37年前、地域の方が地元への熱い思いをもって銅駝音頭を手作りで作られ、毎年この盆踊り大会を盛大に開催されてきました。本校はその銅駝中学校の校地のあとに、日吉ケ丘高等学校美術コースから、美術専門の単独高校「銅駝美術工芸高等学校」として開校し37年目を迎えています。この間、地域の皆様のご理解ご支援をいただきながら教育活動を続けてきました。年月の重みを感じます。
京都は明治の初めに全国に先駆けて、町内の住民の出資で小学校を設立・運営してきた歴史があります。1869年(明治2年)に開校した「上京第三十一番組小学校」は、1875年(明治8年)に「銅駝校」(銅駝尋常小学校)となり、戦後の学制改革で「銅駝中学校」となりました。現在の校舎は昭和期の校舎と言われ、たいへん趣のある重厚で温かみのある建物です。
全国どこでも、地域における小学校・中学校に対する住民の思いはたいへん熱く深いものがあります。学校は地域の子どもの教育の場であることはもちろん、学校が地域のつながりのよりどころとなってきました。本校は美術専門の高校であり、地元中京区出身の生徒もわずかに在籍していますが、ほとんどの生徒は京都市全域、そして京都府下から通っています。また地元に専攻・学科が設置されていないということで他の都道府県からも本校に入学してくる生徒もいます。やはり高校は、小・中学校に比べると“地域の子ども”の学び場という色合いは薄れてくるのが一般的です。しかし本校が他の高校と異なる点は、住民に支えられ、地域の中心として歴史を歩んできた「銅駝」の校地を学び場として使わせていただいている点です。地域に出て行ってのスケッチや地元商店街での調査に基づく課題制作、地元の方をモデルになっていただいて人物画制作(似顔絵講座)、地元の協力による防災訓練、学校施設の地域開放、地域の集会場「銅駝会館」の教育活動での借用など、地域との相互理解の中でこそ実現できているものが数多くあります。ほとんどの生徒が地域外から通う学校であっても、地域によって支えられ、また見守られていることで、生徒は“地域”の大切さ、人と人とのつながり、相互支援、相互理解の大切さを経験的に学んでいます。かけがえのない教育環境だと思います。
グローバル化の進む中、世界に目を向けた学び、国際理解の学習がますます重要になってきていますが、地域社会とのつながり、地域連携を基盤とした教育活動を充実させてこそだと考えています。美術専門高校としてこの地で開校して37年目、第37回銅駝区民盆踊り大会の開催を機に、あらためてその思いを深めたところです。
2016年8月19日
校長 吉田 功