(アーカイブ2016年6月20日) 余白
- 公開日
- 2017/05/02
- 更新日
- 2017/05/02
校長室ウェブログ
先日来、美術の授業で、「余白」という言葉がよく出されています。1年生「美術探求」では、日本美術史の中で「風神雷神図屏風」を教材に、時代、作者の異なる3点の作品について、グループワークを取り入れながら「風神」「雷神」の描き方、構図、その時代背景などについて意見を出し合いました。また1年生「表現基礎1」の授業では、モチーフ「タオル」「レモン」「植木鉢」の配置について、奥行き、広がり、余白といった観点が扱われたました。2年生の「表現基礎2」では、一人一人が水墨画の題材を描いた後、チームで大きな水墨画を描くという授業で、各メンバーが担当する「山」「川」「竹」「鳥」「魚」「猿」をどのように配置するか、どこまで描いて余白をどう残すかということを考えました。
昨年、京都市学校歴史博物館で「日本画 余白の美」という企画展があり、本校の前身「京都府画学校」出身の上村松園さん、上村松篁さんらの作品が展示されました。その時の案内のチラシには「日本の絵画は『描かない』余白に大きな意味を込めて、空間の『遠さ』や『広がり』などを表現します。それが日本画独特の詩情を生み、鑑賞者は吸い込まれるように絵の世界に誘われるのです」と書かれていました。「余白」は「あまり」でも「未完成」でもなく、むしろその作品の成立に必要なものであるということでしょう。このことは写真や映像、立体物の作品でも、メインの対象物とそれ以外の部分との関係がとても重要で、その配置、構図によって素晴らしい表現が生まれるのだと思います。
学校や学校生活の中にも「余白」が必要だと思っています。学校週五日制は「子どものたちの生活全体を見直し、ゆとりのある生活の中で、子どもたちが個性を生かしながら豊かな自己実現を図ることができるよう」「学校、家庭、地域社会の役割を明確にし、それぞれが協力して豊かな社会体験や自然体験などの様々な活動の機会を子どもたちに提供し、自ら学び自ら考える力や豊かな人間性などの『生きる力』をはぐくむことをねらい」(文部科学省HP)として2002年から完全実施となりました。しかしながら学力保障のため平日の授業時間数の増加や、土曜日や休日にある様々な学習活動や部活動、そしてそれを指導する教職員の勤務実態など、1週間の「詰まり」具合の実情には様々な課題があります。青春まっただ中の多感な生徒が、意欲と関心をもって精一杯エネルギーを注ぐ日常はとても大切で、一日が24時間では足らないという感覚をもっている生徒も多数います。しかしその一方で、学校での生徒の様々な表情、保健室の来室状況、発生する様々な出来事を見ていると、やはりどこかで心や体をニュートラルにする時間や空間がないと、新鮮で柔軟な発想や思考力、豊かな感性は伸ばせないと思います。そうなると、予想、期待通りに事態が進まなかった時、経験したことのない事態に直面した際に、そのことに向き合う心と体がスタンバイできず、解決する力も出せなくなってしまいます。このことは教職員の勤務実態にも通じるものがあります。
「余白」はあまりでも余裕でもなく、豊かな教育に必要なもの 学校の日常において、必要な「余白」を、どこに、どのように保障するか、その観点を落とさないように学校の教育環境の整備、教育計画の立案・遂行をしていかなければならないと考えています。
2016年6月20日
校長 吉田 功