学校日記

気づくということ

公開日
2011/01/24
更新日
2011/01/24

学校経営の基本方針

中学時代、畑に落ちていた誰のものか分からない自転車を苦労して引き上げ、散乱した荷物を集めたことがある。「今日は良いことをしたから、何か良いことがあるかな」と何かを期待した瞬間に自分の自転車で転けて大きなケガをしたことがある。この時、「見返りを期待するようなさもしいことを考えてはいけない。」と誓った。親の子どもに対する「無償の愛」のように。 

 でも「気づいて欲しい」と思う気持ちは抑えられない。窓のカギ、三日月型をしているのでクレセントという名前が着いている。赴任したときから2年の廊下、3年の廊下、1年2組と2年2組の中庭側、南校舎2階の男子トイレにそのクレセントが無かった。何とかしようと思って1年が過ぎてしまった。「よし!」と先日、日曜大工の店に行って見てみると、いろいろな似たような種類があることが分かった。醍醐中学校でも2組と3組の間は増築されたのだろうクレセントだけでなく、廊下も違うし、ガラスも違う。大きな違いなのに意識してみないと気づかないことだ。

1年越しの思いで、こっちをはずして、向こうに、新しいものは、こちらに、いろいろと工夫しながら全て直した。「さて誰が気づいてくれるかな」とほのかな期待を持って1週間過ぎた。教師か生徒か「教頭先生、カギ直ってましたね。」と言ってくれて、「そうか、気づいたか」という会話を想像していたが、ない。まあ忙しいのであろうし、どうでもいいことなのかもしれないと、少し淋しい気持ちで今やブログ化しているこのHPでぼやいているのである。

今年最初のHPに教室のカーテンの話しを書いた。それを読んでくれたのか、各学年1クラスは必ずと言っていいほど、毎日きちっとカーテンがまとめてある。

子どもの様子でも他の教師は気づかなくても、ほんの些細な変化でも担任は気づくときがある。よそ様は気づかなくても、親だから気づくこともある。たまにその逆もあるが。できてないところだけが目立って気づきやすいが、お子さんをよく観察し、前と違ういいところ捜しをしてほしいと思います。それを「気づき」として声に出して伝えて欲しいと思います。大人にも、ましてや子どもには「気づき」は非常に大切なことです。