学校日記

避難訓練に思う

公開日
2011/01/20
更新日
2011/01/20

学校経営の基本方針

1月17日は「阪神淡路大震災」の日であった。どこの学校でもこの日は避難訓練が行われたことだろう。
 全体的に俊敏に行動できていた。集合してから落ち着きのない状況も見られたのが少し残念であった。次のような話しをした。

・今から16年前のこの日、君たちの生まれる2,3年前とても大きな地震があった。
・今日の学校給食がご飯でなく、缶入りのパンであったのも、こういう日であるからだ。
・京都と神戸は離れているように思うが、地球儀を思い浮かべてごらん、距離は無いに等しい、京都であっても何の不思議もなかった。
・この地震で6000人以上の方が亡くなった。これは醍醐中学校クラスの学校が25から30校がいっぺんに無くなる数でたいへんな数である。
・被災をまのがれるのには二つあると思う。一つは運で、もう一つは備えである。
・その備えには、今日のこのような避難訓練を真剣に行うことと、せめて家族3日間生き延びるだけの食料を準備しておくことだ。
・そのような備えをしておくことが、、その方の分まで生きていくという 、亡くなった方々への慰めでもある。
・そしてそのような準備をしておくと、不思議と災害を受けることが少なく、いい加減にやっているとその災害を受けるものだ。世の中ってそのようになっているように思う。

保護者のみなさんも記憶に新しいと思う。何かあるとすぐに時計を見る習慣があるので、当時の午前5時46分というのは、その時計と共に記憶に新しい。2階に寝ていたのでタンスが子供達に倒れないように、必死に押さえながら、建てたばかりの家がつぶれないように祈ったものである。1階に行くと大きな鏡が倒れて割れているのに、鏡餅の上のミカンが上手に揺れたのだろう、そのままであったのが不思議な印象として残っている。
 
 家が宇治の自衛隊の近くにあるので、爆音を残して離着陸しているヘリコプターが目に浮かぶ。神戸に行くときは食料を積み、帰ってくるときは死体を運んでいたのである。
 夕方になって映像を見て、戦争が起こったのかと思ったほどだった。もとにもどすことは不可能なのではと思えたが、復興は早かった。この時に「人間力」のすごさというものを感じた。多くの保護者の中には被災された方の親戚、知人という方もおられるのではないでしょうか。自然の驚異と人間力のすごさと子供達に語り継いでいきたいことです。

「備えあれば憂いなし」は本当です。ご家庭でもまさかの時の準備、語り合いはしておいて下さい。準備した保存食などがムダになれば、それにこしたことはないのです。