葵祭とは
- 公開日
- 2018/05/15
- 更新日
- 2018/05/15
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葵祭は、賀茂祭とも言います。この祭りは上賀茂と下賀茂と両神社の祭礼を行っているものです。祭りの起源となったのは上賀茂神社から始まりました。太古別雷神(わけいかづちのかみ)が今の社殿の北北西にある山に降臨された時に行われたお祭りだとされています。ここからこのお祭りが始まりました。
そして今の葵祭になっていったきっかけは567年のこと。日本は様々な自然の災害に遭ってしまい作物が育たなくなっていました。そこで天皇から勅命が出て当時賀茂の大神の崇敬者だった卜部伊吉若日子に占わせました。すると賀茂の神々の祟りが原因だということが判明しました。
そしてその祟りを抑えるために4月の吉日に盛大なお祭りを開いたのが葵祭の始まりです。そして819年から国家的な行事として位置づけられました。
しかし室町時代から徐々に衰退していき応仁の乱の時には開催されなくなりました。
江戸時代(1694年)にこのお祭りを再興しようということになり、上賀茂と下賀茂と両神社、朝廷や幕府の協力により見事再興しました。そして明治時代まで継続され、1884年に明治天皇が春日祭と石清水祭と同じ日本三勅祭とされました。
しかし昭和に入って戦争がある時代に入ると行列は中止され、祭儀だけ行われていました。そして戦後に行列が復活したという歴史もあります。
今も華やかで賑わいを見せている葵祭ですが、昔は様々なことがあって今の葵祭があります。
昔は賀茂祭と呼ばれていたのに何故葵祭と呼ばれるようになったのは、それは江戸時代の再興以降の話になります。
祭りの時に内裏神殿の御簾や牛車や勅使と供奉者の衣冠や牛や馬まで葵の葉で飾るようになったことからだとされています。また葵の葉を頭に挿して行列したことからこう呼ばれるようにもなったと言われています。
さらに江戸幕府を開いた徳川家康の家紋の三つ葉葵が上賀茂神社の神文と似ていることから上賀茂神社を崇拝したという話もあります。葵祭の復興に関しては徳川家が全面的にサポートをしました。