『“てっぺん”獲りにいこうや!』〜Catch the top !〜
- 公開日
- 2020/04/27
- 更新日
- 2020/04/27
校長室から
「つながり—人権教育編」
前回は生徒とのつながりについて書きましたが,今後は大人の方々とのつながりについてシリーズで綴っていきたいと思います。まずは,私が特に大切にしてきた「人権教育」でできた「つながり」について紹介します。
私が2校めに赴任した学校には,社会的に不利な条件の下で生活する生徒が多く在籍していました。校区には「同和地区」「福祉地区」「児童養護施設」「授産施設」などがありました。また,母子・父子家庭などの単親家庭の生徒,外国籍の保護者をもつ生徒も多く,そいういった生徒の割合が全体の8割を超える学校でした。それらの地区や施設の出身者に対する差別の厳しさや差別の結果として生まれる生徒の生活実態の厳しさも知りました。
「子どもたちから学ぶ」とか「保護者の方から学ぶ」と簡単に言いますが,将にそういう毎日を過ごしました。結局,ここに20年間務めることになったのですが,この学校に赴任しなかったら多分私は全く違うタイプに教師になっていたと思います。精神的にも肉体的にもしんどい思いはしましたが,今となっては教師としての「芯」というか「軸」と言えばよいのか,そんなものを築かせてもらいました。
この学校で一緒に務めた教職員とは今も仲良くさせてもらっています。家族よりも長い時間を共に過ごした仲間です。不安定な生活実態が原因で荒れる生徒に向き合い,寄り添って生徒や保護者の信頼を回復し,つながりを作って徐々に学校が変化していく過程に居られたことは今も教師としての誇りであり,喜びであり,感謝の対象です。
人権教育に関わることで全国にもつながりができました。目の前の生徒や学校の課題の解決を目指して取り組んでいると,同じような人たちに出会うものなのでしょうか。次々と凄い(素晴らしい)人たちに出会いました。人権教育に関して言えば,徳島県の森口健司先生の名前を最初に挙げなければなりません。全同教(今の全人道同教)徳島大会の開会セレモニーで特別報告をしていた彼を始めて見た時には『世の中にはこんな凄い(素晴らしい)実践をする人が居るんや』と自分とは遠く離れた存在に感じたものですが,いつしか大切な友人の一人になりました。鳥取県の佐伯孝代さんもそうです。彼女はPTAとして保護者の立場から同和教育や人権教育に関わってこられました。今では毎年,本校の研究発表に来てくださっています。
解放運動の立場から人権問題に関わっておられる人たちとの関係も忘れられません。「運動」と「教育」という違いはあっても,差別の解消・差別からの解放という共通の目的をもって行動することで心強く頼もしい中にも暖かなつながりができました。
人権教育は素晴らしい教育です。今改めてこれを学校教育の根幹に据えなければなりません。この教育に出会えて私の教師人生は大きく変化し広がりました。今年度,人権教育を研究テーマとして取り組めることを,大変嬉しく誇らしく思っています。