学校日記

4年生の調べ学習 琵琶湖疏水

公開日
2015/12/16
更新日
2015/12/16

高雄校の今

4年生が社会科で学習している琵琶湖疏水は日本でも有名な事業で,明治に入って天皇陛下が東京へ遷られ,首都(日本の中心都市)が東京へ移ることになりました。それで政府も東京へ行き,大きな会社の本社なども東京へ行ってしまい,商売をする人も東京へ行き,京都に昔から住んでいる人たちにとってはとても大きなショックだったのです。

 何とか京都を復興させるために明治の北垣国道京都府知事が周知を集め提案したのが琵琶湖疏水計画でした。琵琶湖疏水はもともと飲料よりも運河として力を入れるためでした。  京都の人にとって飲料は,京都市内の地下においしい水が流れていて人々は井戸やポンプでくみ上げて生活飲料としていたのです。けれども,京都は三方が山に囲まれていて,滋賀県や福井県との産業の流通は当時困難でした。車も電車もないのですから。だから,琵琶湖から京都への運河が開かれると,滋賀県や福井県など日本海側の産業と船で流通することができます。そうすると産業が再び盛んになるだろうと考えたのです。岡崎にあるインクラインもその名残です。ちなみに京福電鉄というのがありますが,京福の京は京都の意味ですが,福は福井の意味です。そのことからも京都の産業が福井県と深く関わってきたことがわかりますね。
 教科書から当時の人々の苦労を読み取るのはなかなか難しいです。資料や地図を見て,考えを出し合い,人々の足跡を追う子どもたちです。疏水に関心を持っている子が図書室で琵琶湖疏水についての本を調べているようで,しっかり意見を出していました。調べることの一番大事なことは読むことだよ。書くことはその次です。社会科では教科書だけではわからないことがあります。図書室で探してきた本などを資料として読むといっそうよくわかりますよ。

 一人の子のノートに表が書かれてそこに文章を整理して書こうとしていました。ところが,フリーハンドだったので,表が歪んでいました。
「定規で線を引いた方がいいな」と,小さな声で,注意すると,その男の子は「はい」と言って,すぐに,線を消していき,もう一度,定規で書きなおしていきました。
「はい」と言ってすぐに行動したことに「すてきだなあ」と感じました。小さなことで感動することがあるのですね。