学校日記

嵐山小学校の歴史

公開日
2014/10/03
更新日
2014/10/03

校長室より

 今からおよそ140年前,明治6年(1873年)に,葛野郡川端村・生田村・高田村の3村が共同して「川端校」を今の五島町にあった柳鶯寺で開校しました。川端村が下嵯峨村と村名を変えた時に「下嵯峨校」となり,明治11年,槙村正直知事が巡視の時に「嵐山校(らんざんこう)」と校名を改めました。
 その後明治20年に,校名は「嵐山(らんざん)尋常小学校」と変わり,明治41年「嵯峨尋常小学校」と合併したために嵐山尋常小学校は廃校となりました。
 約60年間,嵐山学区には学校がありませんでしたが,地域の皆さんの願いによって,昭和34年(1954年)「嵯峨小学校嵐山(あらしやま)分校」ができ,5年後の昭和39年(1964年)4月1日「嵐山小学校」として独立し,開校式を迎えることができました。