学校日記

『音羽小学校』 【第33回】音羽の自然と歴史 今年度最終号

公開日
2009/03/21
更新日
2009/03/21

音羽の自然と歴史

 「音羽小学校」という名前は、この地が「音羽の里」と呼ばれていたことや、音羽山・音羽川の史跡が有名なことなどから、「音羽小学校」と名前がつけられました。
 今から70年前の1939(昭和14)年4月1日、音羽森廻町32番地に音羽小学校が開校しました。開校当時は「京都市音羽尋常(じんじょう)小学校」と呼ばれていました。
 また「校章」は、作者は小山克己という方(小山在住画家)で、図案は丸の中に音という字を中心として、三方に弓の羽(鷹の羽)を配置したものです。
 音羽小学校の西側にある若宮八幡宮の祭神が、応神天皇(勇)、仁徳天皇(仁)、菅原道真(智)の三徳をあらわすので、音羽の子どもが、智(かしこく)・仁(やさしく)・勇(たくましく)をかねそなえた立派な人になってほしいという願いをこめてつくられたということです。中心の「音」の字は、音羽小学校の児童をあらわしています。
 また、「校歌」は、昭和30年11月24日に新校歌として制定されました。詩は、一般の応募の中からは適当なものがなかったので、いろいろ検討した結果、現在のものとなったということです。作曲者は平井善次という方です。はじめに言いましたように「音羽の峯」「音羽の川」などが読み込まれ、地域の学校らしい校歌となっています。