ターヘル・アナトミヤを翻訳し,安永3年(1774年)、「解体新書」は刊行された
- 公開日
- 2012/09/18
- 更新日
- 2012/09/18
校長室から
6年生で,「江戸の文化と新しい学問」(社会科)について学習を進めています。
今日は,「解体新書」についての学習をしました。
江戸 小塚原で腑分け(解剖)が行われたときに杉田玄白ら、オランダの本「ターヘル・アナトミヤ」の人体解剖図と目の前の臓器を照らし合わせてどれもが同じであることに驚きました。これがきっかけになり杉田がターヘル・アナトミヤを翻訳しようと思いました。
このとき,腑分けの技術や内蔵の正確な位置をすでに知っており,見事に解説したのは身分上差別されていた人です。
杉田たちは,まずターヘル・アナトミヤの巻頭にある解剖図の翻訳にとりかかりました。ほとんどが医者なので、臓器の名称ぐらいは分かったので、まず臓器名を本文の中に当てはめたました。
さらに前野良沢が少しオランダ語を知っていたので、彼の分かる範囲で日本語に訳しました。最初の頃はどうしても分からない言葉が多くなかなか作業が進まず、やめていく人もいました。
まったく分からない言葉や文字には印をつけ、自信がない部分は予想して言葉を当てはめていきました。
こうした積み重ねで少しずつ作業が進みわかる言葉も増えてきました。
杉田は、「その時のうれしさは、何にたとえんかた無く」と、翻訳できたときの感激を語ったそうです。
1年も経つと1日に普通に10行は訳せるようになり、そうなると次の翻訳会が楽しみになり、前の晩は眠れないほど興奮したそうです。
杉田らは、ただ機械的に翻訳するのではなく、文章に様々な工夫を凝らし分かりやすくしたそうです。
こうして、4年後の安永3年(1774年)、「解体新書」は刊行されたのです。