学校日記

6年生の社会科で,解体新書の翻訳に貢献した人々についての学習を行いました。さて,医学的な知識はだれが?

公開日
2012/09/07
更新日
2012/09/07

校長室から

6年生の社会科で,解体新書の学習を行いました。

 現代では当たり前になっている医療ですが,ちゃんとした知識を持って西洋医学が行われるようになったのは,今から約200年前からのことでそのきっかけになったのが「解体新書」であると言われています。

 日本最初の本格的洋書翻訳書。本文4巻と図版(解体図)1巻から成る。1774年(安永3)刊。1771年(明和8)の骨ヶ原(小塚原)の腑分けがきっかけとなって,当時「ターヘル アナトミア」と俗称された解剖書の蘭訳本を日本訳したもので,江戸の杉田玄白,前野良沢ら蘭学グループが参画しました。

 玄白があらわした「蘭学事始(らんがくことはじめ)」という本には,解体新書をほんやくした苦心と人体の解剖をはじめて見たときの感動が記されています。

 解剖を見学したとき見比べていたオランダ語のかいぼう図が正確にかかれているのにおどろいたといっています。またこのとき解剖をして内臓の説明をした人は,身分上 差別されてきた人でした。

 このような人がすぐれた解剖の技術を生かしてこのころの医学を支えていました。

 玄白たちが,オランダ語の医学書を苦心して翻訳し,解体新書(かいたいしんしょ)と名づけて出版すると人々の蘭学に対する関心が高まりオランダ語の入門書や辞書もつくられました。

 解剖することによって,人体の仕組みが正しくわかり医学は大きく発展しました。

 そのような中で,1754年に医師の山脇東洋らが日本初の人体解剖を実現しました。
 それから17年後,蘭学を学んだ杉田玄白や前野良沢らの医師が,人体解剖をしてオランダの解剖書「ターヘル アナトミア」の正確さに驚き,「解体新書」を翻訳出版したことは有名です。

 しかし実際に解剖をしたのは,山脇東洋でも杉田玄白でもありませんでした。

子どもたちは,この医学の発展に貢献した人々について予想し考えて,事実の確認をしました。