学校日記

憲法月間に寄せて

公開日
2014/05/15
更新日
2014/05/15

校長室から

 憲法月間に寄せて、先日の朝会でした、お話の内容を紹介します。
 5月3日は,憲法記念日という祝日です。今からおよそ70年前に,日本の大本のきまりである憲法が,使われ始めた日です。そのため,5月の一か月間を憲法月間として,みんなで憲法のことについて考えよう、憲法から自分たちの生活を見直そうというものです。憲法というのは,みなさんのクラスにも,こんなクラスにしたいというめあてがあるように,日本もこんな国になりたいと考えて決めた,国のめあてのことです。
日本のめあては大きくは3つあります。
一つ目は,だれもが,気持ちよく過ごせる国になろうということ。
二つ目は,他の国とは絶対戦争をせず,世界中が平和になるようにがんばる国になろうということ。
三つ目は,なにごとも,みんなで話し合って,決めていく国にしよう
です。
 さて,今日は,「だれもが気持よく過ごせる国になろう」という一つめのめあてについて,みなさんにも考えてほしいと思います。
 「いじめ」という言葉をきいたことがありますか。理由がある,なしにかかわらず,だれかがだれかにいじわるをしたり,いったりすることで,相手の人を大変苦しめる行為です。時には,自分が相手を苦しめていることに気付いていないような場合もあります。あるいは,知らず知らずのうちに,いじめる側の応援をしているような場合もあります。
 今日は,小学校4年生の時に,そんなつらい思いをした中学生の作文の一部をみなさんに紹介します。このあと,みなさんのクラスでは,こんな苦しい思いをする人がいないように,どんなことをしていけばいいのかを考えてみてください。では,作文を紹介します。
 
「今日も,教室でいじめられている人がいる。その人は,いつも教室の片隅で好きな本を読んで,周りの人の声を聞かないようにしている。誰かに悩みを打ち明けることもなく,誰から励まされることもなく,心を閉ざして,重くつらい一日が早く過ぎ去ることを願いながら,本を読んでいる。」
「その人は,小学校4年生の時の僕です。いじめは,とても卑劣なことで,卑怯なことです。今考えても,なぜいじめられていたのか全くわかりません。」
「いじめは理由があるから起こるのでなくて,する人がいるから起こるのだと思いようになってきました。つまり,なにも悪いことをしていない人に対しても,容赦なく降りかかってきます。その人の生まれもった身体や名前のことについて様々な悪口を言われたり,勝手な理由で暴力を振るわれたりする最悪の行為です。僕へのいじめは,自分の持ち物を隠されたり,変な内容の手紙が机の中に入れられたりするものだったのです。」
「僕は,思い切って先生に相談してみることにしました。先生は,話を最後まで聞いてくれて,重く受け止めてくれる人だったからです。先生に話した時,とても驚いた様子で,「気付かなくてすまなかった」と言いました。」
「幸いなことに,それ以降,僕に対するいじめはなくなりました。しかし,今日もどこかでだれかがいじめに合っているのではないかという不安が頭をよぎります。」
「僕は,先生に打ち明けた時に,自分の気持ちを聞いてくれたことが,本当にうれしかったです。そして,もういじめがなくなると思うと,心の底から安心したことを今でも覚えています。だからこそ,今僕は,つらい気持ちを抱えている人に声をかけ,助けになりたいと思っています。人と接することで,気持ちがやわらぐといいなと考えています。」
「いじめは,集団の中で起こります。だから,いじめが起こった時,一番早く気づき,一番力になれるのが,同じクラスの人であり,同じ学年の人だと思います。ほんの少し,クラスや学年の人たちが勇気を出すことで,いじめはなくなると思います。僕はそんな勇気のある人間になりたいです。」
「人の心を深く傷つけ,時には取り返しのつかない道を選ばせてしまう,そんな卑劣な行為を許さない仲間でありたい。」

さて,どうでしたか。
憲法では,「だれもが気持よく過ごせる国」をめざしているはずなのに,みなさんのすぐそばで,いじめを受けて,悲しい思いをしている人がいるとしたら,残念ですね。手紙にもあったようにいじめにいろいろな形があります。その人の持ち物を隠す,たとえば,靴や消しゴムなどです。そのほかにもいじわるなことを言う,周りの人が無視するなどなど,とにかく相手がいやだと思うことをすることです。時には,やる側はそんな気持ちがなくても,やられている人が,いじめられていると感じているということもよくあります。いじめを決して許さないクラスにするためには,一人ひとりは何ができるのでしょう。みなさんも考えてみてください。