学校日記

ようこそ大先輩 〜紫野伝説〜

公開日
2017/11/09
更新日
2017/11/09

6年生

 6年生は,総合的な学習で「紫野小学校の歴史と未来」についてこれまで学習を進めてきました。

 今日は,10月19日に船岡祭の火縄銃の実演見学でもお世話になった,建勲神社の宮司様にゲストティーチャーとしてご来校いただき,授業をしていただきました。
 
 子どもたちは,紫野の歴史,主に学校と建勲神社と船岡山について,次のような興味深いお話を聴くことができました。

・宮司さんが小学生だった頃は,1クラス50人で5クラスあったこと。

・当時は三重県伊勢に修学旅行に行っていて,家からご飯1合を持参してそれを旅館の人に炊いてもらって食事をいただいたこと。

・職員室は今の南門付近にあり,2階の広い畳の部屋で家庭科の勉強をしたこと。
・平安京は,船岡山から南にかけての固い岩盤が都を地震から守ってくれるだろうという理由で,この地に遷都されたこと。

・平安京の中心を貫いていた朱雀大路は,船岡山の山頂を基点として造られたこと。

・平安遷都の西暦794年は「泣くよ鶯,平安京」ではなく「憂い無くして平安京」として覚えたこと。

・船岡山は応仁の乱の時に,東の陣(吉田山)に対して西の陣(西軍の陣地)であったこと。また,その由来で,この一帯が“西陣”の地名になったこと。

・明治の頃,鞍馬口通より北はほとんど田んぼと畑ばっかりだったこと。

・愛知出身の織田信長を祀る神社が,愛知ではなく京都にあるのは,当時の明治天皇が織田信長公の功績を称え,昔日本の中心であった京の都の船岡の地を選んだからだということ。

 他にもたくさんのことを教えていただきました。

 子どもたちからの,「紫野小学校のどこが好きですか?」「織田信長に織田信長公と”公”をつけて呼ぶのはなぜですか?」などの質問にも,大変分かりやすく丁寧に答えてくださいました。

 今日の1時間で大変多くのことを学ばせていただきました。

 建勲神社の宮司様,本当にありがとうございました。