Global CitizenshipⅠ~地域巡検 第3回:「自由」を、物語として語りなおす~
- 公開日
- 2026/10/05
- 更新日
- 2026/10/01
学校の様子
こんにちは、GC教育部です♪1年生の総合的な探究の時間「Global CitizenshipⅠ」では、「地域巡検」の単元に取り組んできました。第1回では、紫野高校周辺にある今宮神社・大徳寺・船岡山を舞台に、三人のペルソナのうち一人を選び、その人物がどのように「自由に近づいていくのか」を想像しました。第2回では、実際に地域へ出て、教室の中で想像していたことを、自分たちの身体で確かめました。
そして第3回。今回のテーマは、「自由を、物語として語りなおす」です。
これまで生徒たちは、「自由とは何か」という問いを、頭の中だけで考えてきたわけではありません。誰かの立場を想像し、実際に地域を歩き、音を聞き、空気を感じ、場所に立ってみる。今回は、そうして得た体験を、もう一度言葉にしていきます。
授業の冒頭では、まず前回の巡検を振り返りました。
「どんな場所に立ったのか」
「そのとき、身体はどう反応していたのか」
「なぜ少し長くいたくなったのか」
「逆に、なぜ早く離れたいと感じたのか」
こうした問いを通して、自分たちの中に残っている感覚をもう一度たどっていきます。体験は、感じただけでは少しずつ流れていってしまいます。しかし、言葉にしてみることで初めて、「自分にとって、この体験はどんな意味をもっていたのか」が少しずつ見えてきます。
その後、再び三人のペルソナに戻りました。
進路に迷う中学生。
新しい環境に戸惑う教員。
そして、これまでの人生を見つめ直すために京都を訪れた海外からの観光客。
「もし、この人物が自分たちの訪れた場所に立っていたら、どんな気持ちになっただろう」
「何かが解決するわけではなくても、少しだけ不安が和らぐことはあるだろうか」
「その人にとっての『自由』とは、どんな状態なのだろう」
そんなことをグループで考えていきました。
ここで大切にしたのは、劇的な変化を描くことではありません。
「少し立ち止まってもいいと思えた」
「焦らなくてもいいと感じた」
「自分のペースで進んでもいいと思えた」
そんな小さな心の変化も、その人が「自由に近づく」大切な瞬間です。
そして授業の後半では、これまでの学びを一つの「物語」として表現しました。最初に読んだペルソナの、その後を考えます。その人物は、その場所に来たときどんな表情をしていたのか。そこで何を見て、何を感じたのか。
その場所をあとにするとき、少しでも何かが変わっていたのか。生徒たちは、対話しながら一つひとつの場面をつないでいきました。
あるグループは、52歳の海外からの観光客を主人公にした脚本をつくりました。30年間、仕事を中心に生きてきた人物です。毎日の仕事を積み重ね、気づけば長い時間が過ぎていた。これまで歩んできた人生を振り返る中で、
「自分は何のためにこれまで生きてきたのだろう」
「仕事を続ける中で、何か大切なものを見失ってしまったのではないか」
そんな思いが少しずつ膨らんでいきます。
京都を旅する中で大徳寺を訪れた彼は、そこで一人の禅僧と出会います。禅僧は、彼の悩みにすぐ答えを与えるわけではありません。ただ、言葉を交わし、そして一緒に枯山水を眺める。
石と砂だけでつくられた静かな庭。何かが大きく動くわけでもありません。けれども、その静けさの中で立ち止まるうちに、彼はこれまでの30年を、少し違う角度から見つめ始めます。
「あの30年は、ただ失われた時間だったのだろうか」
「自分が積み重ねてきたものも、確かに自分の人生だったのではないか」
そんなことに、少しずつ気づいていきます。
そして、人生をやり直すということではなく、これまでの人生も抱えたまま、これから先をもう一度自分で選び直していこうとする。そんな物語でした。
もちろん、これは唯一の「正解」ではありません。大徳寺に行けば人生の悩みが解決する、という話でもありません。おもしろいのは、生徒たちが実際にその場所を歩き、その空気を感じたうえで、
「この人物なら、この場所で何かに気づくかもしれない」
と考えたことです。
そこには、歴史的な知識だけではなく、生徒たち自身が現地で感じた「静けさ」や「余白」、そして「立ち止まることの意味」が反映されていました。
今回の授業で大切にしたのは、「自由とは○○である」と定義することではありません。一人の人が、不安や迷いを抱えながら、その人なりに少しずつ前を向いていく。その姿を描くことによって、「自由」という言葉の輪郭を考えていきました。
地域巡検の三回を通して、生徒たちは「自由」を、頭の中だけではなく、「想像すること」「歩くこと」「感じること」「他者と対話すること」「物語にすること」を通して考えてきました。
そして今回、あえて自分自身ではなく、年齢や立場、文化の異なる人物について考えたのにも理由があります。
自分とは違う誰かを想像すると、「自分なら気にしないけれど、この人には大きなことかもしれない」と、自分の当たり前が少し揺さぶられます。その揺れの中で、今度は逆に、自分自身の考え方や価値観も見えてきます。
他者を想像することは、他者を知るだけでなく、自分自身を知ることにもつながっています。校内巡検では、学校という身近な場所から「誰かの自由」を考えました。今回の地域巡検では、学校の外へ出て、少しずつ「想像できる他者」の幅を広げました。そしてこの学びは、これから始まる国際理解や異文化理解の学習へとつながっていきます。
遠く離れた国で暮らす誰かのことを想像する力は、ある日突然身につくものではありません。まずは、自分のすぐ近くにいる、自分とは少し違う誰かについて想像してみる。その小さな積み重ねから、Global Citizenとしての学びは広がっていきます。