学校日記

【校長室から】世界のどこにいようとも

公開日
2026/08/16
更新日
2026/08/16

校長室から

7月の熊本地震で犠牲になられた方々に、衷心よりお悔やみ申し上げます。また、被災された皆さま、今も地震が続く現地で不安な日々を過ごしておられる皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。


お盆期間中には、千葉の豪雨災害が発生しました。犠牲になられた方々に衷心よりお悔やみ申し上げますとともに、被災された皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。


八月十六日、京都は本日が「五山送り火」です。夏の夜空を彩る送り火は、お盆の精霊を送る伝統行事として、京都で受け継がれてきました。過去・現在・未来が折り重なる時間の中で、様々な災禍からの一日も早い復興と、皆さまの安寧が取り戻されることに祈るような気持ちです。


この夏、懐かしい再会がありました。過去から未来へと連続する時間を考えさせられる出来事が多い今夏、久しぶりの出逢いの中で、以下のようなことに考えを巡らせていました。


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二十代後半の数年間を、アフリカで暮らした。

JICA(国際協力機構)から派遣され、北東アフリカのある国で、3年余りを過ごしたことになる。会社員としての数年間を経た上での派遣でもあり、アイデンティティがぐらつくほどのカルチャーショックは正直なところなかった。しかし、文化・習慣、宗教が大きく異なる彼の国での日々は、見るもの、聞くもの、感じるものの一つひとつが、それまでの「当たり前」を揺さぶられる時間であった。


派遣前の3カ月間、長野県駒ヶ根市の研修センターで過ごした。語学、講義、予防接種(アフリカ派遣組の接種回数が一番多い)など、異文化で暮らすための様々な準備期間である。その中で、今も忘れられない一つの講義がある。講師は以下のような言葉を、淡々と発した。「今から皆さんは、途上国支援のために世界各地へ派遣される。国際協力とは、貧富の格差、南北間の格差を解消していくための活動である。国際協力の進展は、その格差が解消されていくということ。格差が解消されるということは、やがて皆さんの活動そのものが必要なくなるということである。そういう矛盾の中に、皆さんはこれから突入する。」当時の私には、強烈なインパクトのある言葉であった。「これから海外へ出て、事をなそう」と意気込んでいる自分たち(多くは30歳前後の若者)が、「究極的には、自分たちが必要なくなることを目指す仕事だ」と突きつけられたのである。何のために途上国に行くのか。誰のためにその活動をするのか。「自分が役に立ったという実感を得るため」なのか。それとも、「自分などいなくても成り立つ状態をつくるため」なのか。根源を問われた気がした。その日の夜、なかなか眠れなかったことを覚えている。


駒ヶ根で研修をともに受けた仲間(205名)を、私たちは今でも「同期」と呼ぶ。この夏、同期の10名余り(東京に5名ほど、京都に5名ほど)が集まる機会があった。エルサルバドル、グアテマラ、パプアニューギニア、セネガル、セントルシア、ヴァヌアツ、ニジェール…。当時、私たちが向かった国や地域の名前を口にするだけで、四半世紀以上前の風景が蘇る。研修の最終日以来、一度も会っていなかった者もいた。伝統工芸、建築、野菜栽培、農業、音楽、体育、理数科教員、大学教育など…、それぞれが異なる専門性を携え、3カ月間の研修を終えた7月中旬、私たちは世界70以上の国や地域へ一斉に旅立って行った。同期の中に、Oさんという人がいる。当時の私にとって、ある種憧れの存在であった。Oさんは、事業参加の年齢制限ギリギリ・四十歳で参加されていたと記憶する。某県の高校教員からの現職参加であった。落ち着いた物腰、年齢や肩書にかかわらず、誰に対しても同じようにフェアに接する方であった。アフリカ滞在中、一時帰国した際に、教師としての日常へ戻っていたOさんを訪ねたことがある。バイクで港町を案内してくださった。潮の匂い。海沿いの道。久しぶりに眺める日本の街並み。この出来事とて、もう二十五年近く前のことである。先日の再会時に聞くと、その後、Oさんは某県の数校で校長を務め、今は局長として県のスポーツ行政のトップを務めておられるらしい。


遠くへ行けば行くほど、不思議なことに、自分がどこから来たのかを考えるようになる。自分は一体何者なのか。自分が当然だと思っていたことは、誰にとっても当然のことか。異なる文化の中に身を置くと、自分の輪郭が、かえって鮮明になる。そしてもう一つ、繰り返し考えさせられた。人とフェアに関わるとは、どういうことなのだろう。言語、宗教、生活習慣、経済的な条件など、全てが違う。自分の常識が相手の常識とは限らない。こちらが「正しい」と思ったことが、別の場所では全く違う意味を持つこともある。だから、相手と向き合う。話を聞く。一度、自分の「正しさ」を脇に置いてみる。それでも譲れないものは何なのかを考える。そう考えると、駒ヶ根で聞いたあの講義に、何かがつながる。国際協力の目的が相手の自立にあるのなら、自分が必要とされ続けることを手放しで喜んでいる場合ではない。教師も同じなのかもしれない。いつまでも教えてもらわなければ動けない生徒を育てることが、教育の目的ではない。いつの日か、大人がそばにいなくても、自分で考え、自分で決め、他者と関わりながら歩いていけるようになる。そのためには今、徹底して向き合わなければならない。やがて自分が必要とされなくなることを目指して。いつまでも「自分の」影響を残したいなどというのは、究極のエゴイズムであり、人の成長とは完全に相反する価値観であろう。究極の人育てとは、自らの影響すら誰も感じなくなることなのではないか。「自分の」影響に拘泥するなどというのは、国際協力においても、教育の世界でも、およそ地に堕ちたマインドに他ならぬ。かつて駒ヶ根でOさんに憧れていたのではなく、Oさんの姿勢をこそ尊敬していたのかもしれない。


世界を知るために遠くへ行ったはずなのに、結局、考えることはどこにいても同じなのではないか。人を尊重すること。約束を守ること。困っている人に手を差し伸べること。フェアに、公平に考え、人と関わること。「自分」に固執せず、他者の成長を一心に願うこと。遠くへ行っても、行き着くのは、当たり前のことばかり。世界は広い。しかし狭い。文化も価値観も、驚くほど多様である。遠くへ行けば、新しいものが見える。同時に、ずっと「今ここ」にあったものも見えてくる。長い時間を経て誰かと出逢い直すことで、何を大切すべきかを知る。人はそれぞれの場所で、それぞれの時間を生きる。そして、時々、自分と、他者と、出逢い直す。


世界のどこに行こうとも、大切なことなど、何も変わらない。


船越 康平