学校日記

【校長室から】令和8年度(第81回)入学式(「響(ひびき)」の28期生)

公開日
2026/04/11
更新日
2026/04/11

校長室から

春の風が街を吹き抜け、桜の花びらが天空へと舞い上がる4月8日、令和8年度・第81回入学式を挙行いたしました。

京都市教育委員会指導部担当部長・坂本貴文様、京都市教育委員会指導主事・勝又伸吾様、堀川同窓会長・門川大作様、堀川教育財団理事長・仁科繁一様、学校運営協議会理事・奥村美佐緒様、PTA会長・南出貴志様はじめ、関係の皆さまのご臨席を賜り、ありがとうございました。また、保護者の皆様にも数多くご出席いただきましたことを深く感謝いたします。


式辞の一部(抜粋)を、以下、ご紹介いたします。


新入生諸君、入学おめでとう。

さて、みなさん、本校は、今から118年前に京都市立堀川高等女学校として設立され、戦後、学制改革により京都市立堀川高校として発足しました。そして、27年前、この校舎で京都市の教育改革のパイロット校として新たな旅に出発しました。ここに集う第81回の新入生を「28期生」と呼びますが、それまでの堀川高校の旅の途上に位置づけられるものであることに変わりはありません。創設以来120年近くの歴史を有する公立高校で、現在も同じ名称が続いているのは「堀川」だけです。自主自立の精神を受け継ぎ、新たな決意で教育改革・改善を一歩ずつ前に進める。堀川は、今も見果てぬ夢の旅路にあると言えます。


新入生諸君、入学にあたり3つの話をしたいと思います。


まず、1つ目、この広い世界について。

この広いようで狭く、狭いようでいて思っているよりずっと広い、私たちが生きるこの世界は、混沌とした状況にあります。世界各地で続く紛争、貧困、格差、差別。価値観は揺らぎ、複雑かつ、混迷を極める時代を、私たちは生きています。しかし、理由がいかなるものであれ、自分と他者の尊厳を踏みにじることは断じて許されません。この世界を、私たちはどのように生きていくか。「評論家」で終わるのか、「当事者」になるのか。


高校生活において、学校で、家庭で、様々な場所で、何か事があったとしよう。その時、知らぬ存ぜぬで、シラを切って過ごすのか。あるいは、自分もその一員であると自覚し、「当事者」として引き取るのか。この姿勢、「構え」の違いが、あなた方、また私たちにとって、人生の大きな分岐点となります。対立や摩擦は、決して特別なものではなく、人の集うところに必ず生じます。大切なことは、そのジレンマに対し、どのように向き合うかです。安易に回避するのか。あるいは、立ち止まり、考え、時間がかかることを承知の上で、対話を重ねるのか。向き合うことは容易ではありません。しかし、粘り強く対峙することでしか、人と人との信頼や協働は生まれません。世界と対峙することは、華々しい成果を一気に手に入れることではなく、困難の只中に身を置きながら、粘り強く前に進み続けることなのだと思います。学校は小さな社会です。同時に、この世界の縮図でもあります。教室での議論、探究活動での意見の衝突、仲間との葛藤――当事者としてそれらに向き合う経験は、やがて広大な世界で生きていく確かな土台となっていきます。


次に、2つ目として、校訓について。

堀川高校の校訓は、「立志・勉励・自主・友愛」。これらは、人生という旅路を進むための、四つの要となる力と捉えています。

・「立志」 遠くを見据え、進む方向を見極める力

・「勉励」 困難と向き合い、歩みを止めない力

・「自主」 誰かの判断に委ねるのではなく、自分で考え、引き取る力

・「友愛」 この人生という旅を、他者とともに進もうとする力

では、あなた方、また私たちの旅路は、どこへ向かうのでしょうか。あなたは、そして私たちは、一体この世界とどのように関わり、どのように生きていくべきでしょうか。高校に通い、大学に進学し、やがて社会の、世界の一員として働き、生きていくこと。これらは、自分の力のみを高め、自分だけの選択肢を増やし、自分の利得になるだけの営みでしょうか。決してそうではなく、この広い世界の一員として、その一部を引き取り生きていくための営為であると考えます。これから始まる、堀川高校での皆さんの学びは、「自分のためだけ」に完結するものではありません。自分とは異なる考え、異なる立場、異なる価値観を持つ存在を、大切な他者として、謙虚に受け止めようとするプロセスそのものが、学びです。


人生において、人と人が関わる以上、葛藤は必ず生まれる。その時に、安易に何らかの「力」のようなものに頼り、誰かに困難の「露払い」をしてもらうのではなく、対話を重ね、時間がかかっても粘り強く前へ進むことが求められます。自分と、他者と向き合い、この世界の只中で、考え、選び、行動する。その積み重ねの先にこそ、本校が掲げる「自立する18歳」の姿があると考えています。


最後に、3つ目。28期生の皆さんに、一つのテーマを提示します。

「空山人を見ず 但だ人語の響きを聞くのみ 返景深林に入り 復た照らす青苔の上」 

盛唐の詩人・王維が詠んだ漢詩、『鹿柴(ろくさい)』という五言絶句の一説です。この漢詩の現代語訳は以下の通りです。

「静寂の山には、人の姿は見えず、ただどこからか人の声が響いてくる。夕日が深い林の中に射し込み、また青々と蒸す苔の上を照らしている。」

この漢詩は、以下のような光景を描写しています。

「夕陽が傾くにつれ、日差しが苔の上をだんだんと這い上がっていく。移ろいゆく時間と静謐な光景。そこに響く、人のかすかな声、会話。静寂の中で感得される、人の温もりと対話の残響。」


それでは、堀川高校にいる、私たちは…。

この広い世界の中で、様々な奇跡が折り重なって実現した、28期生の皆さんとの出逢い。人と人との奇跡的な出逢いが、会話につながる。声高に叫ぶ訳ではないが、一人ひとりの声は確かに届いている。お互いの存在を確かめ合いながら、静かに対話する声がアトリウムの空に余韻として残る。一人ひとりが、本当の意味で、「つながり」を大切にできた時、そこに反響が生まれます。人と人とがよりよく影響し合い、関係の質が高まることで、その場に交響楽のごとき、比類なき調べが奏でられる。


28期生の皆さんには、「響(ひびき)」という言葉を捧げます。

「響(ひびき)」 ―窓辺に集うざわめきが、 いつか世界を変えていく―

窓の外には、比叡の山を染めゆく、夕日をたたえた雲がかなたに流れていく。その窓辺に集うあなたたち、そして私たちが、お互いに対話し、よりよい影響を与え合う。その残響は、いつかこの世界に希望をもたらしていく。


28期生諸君、あらためて、ようこそ堀川高校へ。

この堀川高校で、仲間とともに、またここに集うあらゆる人々とともに、未来への希望を響かせていこう。3年間、お互いによりよい影響を与え合いながら。


令和8年4月8日

京都市立堀川高等学校長

船越 康平