SWIM-1-
- 公開日
- 2011/09/21
- 更新日
- 2011/09/21
校長室から
○左の写真は舞台係の活躍。右は群読のリハーサルでの打ち合わせ
探究科説明会のことも思い出しながら,先日の普通科説明会のことを書いていたら,文字数の単純合計が400字詰め原稿用紙で14枚分になりました。前半と後半に分け,今日と明日に載せることにします。説明会に向けて生徒がどう取り組んだか。一部ではありますが,教員とともに私も担当したオープニングの群読<SWIM>を通して見ることのできた生徒の姿を紹介したいと思います。
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「校長室から」が20号になりました。折しも今日は20日。明日21日には21号を出します。こういう偶然は,なんとなくうれしくなります。
堀川の新校舎が完成して,シックな制服の生徒たちを迎えたのが平成11年4月。1999年でした。「平成11(1999)年」と書くと,111999。うれしい重なりでした。
うれしいことをもう少し。陸上部が近畿大会で,出場した4人全員の入賞を果たしました。科学の甲子園京都府予選に出たチームが1位となり,来年3月の全国大会に挑戦します。
逆に残念だったのは,秋季大会1次戦で1敗した後,敗者復活戦で3連勝していた野球部が,昨日4対5で敗れたこと。「1点差を追う最終回,1アウト満塁と攻めましたが,強烈なセカンドライナーでダブルプレー。幕が閉じました」と監督からの連絡。本当に残念です。選手や監督やコーチは,支えてくださっている保護者の方は,私などの思いを超えて無念でしょう。しかし,本当に強いチームになってきています。この悔しさをエネルギーに転換して,次に向かってほしいと願っています。
9月17日,前線と台風の影響で蒸し暑い土曜日の午後,普通科説明会を開催しました。降水確率は高かったのに,開会した午後2時までは雨が降りません。挨拶で,お帰りの際に降らないことを願うと言ったのがよくなかったのか,終了時には土砂降りになってしまいました。参加してくださった中学生や保護者の方はお困りになったと思います。申し訳ありません。
8月30日に探究科説明会のことを書いた際,「普通の子」について触れましたが,今回も「普通の子」が,見えるところでも,見えないところでも活躍しました。
オープニングの群読で言えば,7月12日の昼休みに2年生のリーダーたちが集まって打ち合わせをし,15日には全パートの2年生と1年生が集まるスタッフ会議の後半で,各パートに分かれてのミーティング。12人の演じ手と音響係・照明係に台本が渡され,配役の決定と流れの確認。夏休みをはさんで文化祭後に本格的な準備にかかり,前日の夜はもちろん,当日の午前中のみならず開演直前まで練習を続け,そして臨んだ本番でした。
毎年そうですが,最初は声が小さく,言葉に込める気持ちも弱く,間の取り方も抑揚もさっぱりで,立ち姿や視線や表情にも力のこもらない,なんともしょぼしょぼとしたありさまです。それが,昨年経験した2年生の指導で,少しずつではあっても確かに変化していきます。今年も毎日放課後に練習が行われ,徐々に形ができあがり,当初とは見違えるようになりました。
ただし,それはある種の高原状態。一定程度できあがっているのでスランプではありませんが,まだ何かが足りない状態。このとき生徒は,自分ができることは全部やっているような気持ちになっています。確かに一つの形はできています。だから,その状態を保てばよいと思うのは当然です。興味深いことに,この段階でさらに練習を繰り返すと,今まで覚えていたセリフを忘れたり,順番を間違ったり,声の張りが鈍ったりするようになります。そして,今度は元に戻す作業が始まります。練習を重ねていくうちに一度到達していたレベルに回復し,そのことによって完成したような安心感が生まれます。しかし,それは再び形が整ったというものでしかありません。まだ「抜けてはいない」状態です。
前日午後からのリハーサルで,これまで繰り返していた音響・照明との調整も一応できるようになりました。観ていた生徒や教員からの評価もまずまずでしたが,まだ仕上がったとは言えません。ここまで来ると,指導している2年生や演じている1年生の問題ではなく,毎年演出している監督の責任が問われます。
ある程度できあがった段階にいる生徒は,それを維持しようとして,できるようになったことを間違えずにやろうと考えます。順番を気にして,複数で声を出すところは他の生徒の出方を考えて,そのために自然な自分の表現ができないでいます。
おかしな言い方かもしれませんが,考えているようではよいものになりません。失敗のないようにという守りの演技だからです。それではたとえきれいにできたとしても,心が人に届きません。
失敗したっていい。届けようとする心を精いっぱい表現すればいい。最初の段階でこう思ったら上達することは困難ですが,ある程度できあがった段階では,こう思わなければさらなる高みはめざせません。ただし,本当に失敗するかも知れませんから,そこを突き抜けるような力が必要になります。その力を演じる生徒が出せるか。つまり,そうしたいと生徒が思うようになるか。それを演出者が引き出せるか,生徒の心に火をつけることができるか。どうするか。このままでもよいという思いと,まだよくなるはずだという思いが交錯します。
そんな思いが強くなるのは年によって異なりますが,今回は本番当日の12時25分に最後の舞台リハーサルが終わったときでした。説明会は2時からですから,1時50分に舞台袖で出番を待つことになる生徒たちは,それまでの時間を昼食と休憩と最後の調整に使うことになっています。
実は前日にも演出を変えていました。舞台に立つ12人の頭に中には,「最後」の指示で訂正された間とか抑揚とか声の大きさとかが染み込んでいるはずです。それをいまからまた変える。できるのか。
普通に考えれば,当日の,しかも本番直前に演出を変えるのは無謀であるに違いありません。しかし,そうしてみたいと思うレベルにまで,2年生が指導し1年生が応えてきていました。そもそも,出演する予定だった3人の野球部員が,試合が雨で延期になって説明会と重なったため急きょ代役を立てて今日を迎えたのです。予定外のことが起こる中で,2年生と1年生が一緒になってここまでつくってきた群読でした。
本当にどうするか。試行錯誤の行き着く先がわからないまま,次のリハーサルが始まった舞台を見ていました。
(明日の「SWIM−2−」に続きます)
20号(2011.09.20)……荒瀬克己