学校日記

公開日
2011/09/21
更新日
2011/09/21

校長室から

 今日は木曜日ですので,「週刊火曜日」としては2日遅れのお届けとなります。いずれ紹介しますが,少々多忙にしていました。13日に予定どおりに出していたなら別の記事をご覧いただくはずでしたが,それは少し寝かせておくことにします。

 1年生普通科の探究の課題で壁新聞をつくっているそうです。そうです,というのはいかにも頼りない話で恐縮ですが,生徒から聞いて知りました。昨日,その取材を受けました。事前にもらった伸びやかな手書きの依頼状には,「夏休みはどこに行ったか」,「印象に残っていることは」,また,「なぜ教師になったのか」,「生きがいや誇りは」,「いちばん大切にしている言葉は」という質問事項が並んでいました。
 「どうぞよろしくお願いします」
 「こちらこそ」
 「ではまず,夏休みにどこへ行かれましたか?」
 8月11日から15日までの土日を含めた5日間,学校には行きませんでした。その間に行ったところと言えば,比叡山延暦寺。夕暮れ時の根本中堂には光の群れ。お堂に座って読経を聴きました。
 「そうそう,16日に近所のビルの屋上で大文字を見ました。鳥居以外は全部見えるんですよ。左大文字は相当角度がありますが。今年の送り火についてはいろいろと動きがあったでしょう。火が点くのを待つ間,少し緊張しました。ヘリコプターが高く遠く飛んでいて,そっちを見たら,大文字山と比叡山の間に薄暗い光があるのに気がついた。月かな,それにしても暗いなと思っていると,大の字の中心に火が上がって,しかしなかなか広がらなくて,いつもより文字の浮かび上がるのが遅いように感じて,ふっと視線を左に移したら,さっきの薄暗い光はやはり月でした。あまり時間は経っていないのに意外に昇っていて,黒い山並の上のぽっかりと開けた夜の空の闇に,漂うようにあります。それが,とても暗くて赤い月」
 生徒はこちらをじっと見たままで,右手のペンだけがノートの上を走っています。
 「それで17日なんやけど,名古屋・京都・大阪・神戸・堺,この五都市の高校の生徒指導の研究会が京都であって,私,そこに行ったんですね。記念講演があって,講師は高石ともや。知ってる?」
 知りませんでした。高校1年生ですから無理もありません。当時のフォークソングの隆盛について説明し,北山修や加藤和彦について話し,「あの素晴らしい愛をもう一度」をくちずさんだら,「あ,その歌,知っています」。
 当日のメモを取り出し,高石さんの話されたことを少し紹介しました。

 講師紹介が私の役目でした。「受験生ブルース」も「思い出の赤いヤッケ」も,とても懐かしいというような紹介をして座ったら,開口一番「下のお名前は何とおっしゃいますか?」と高石さん。
 「かつみ,です。己に克つ,と書きます」
 「どなたがお付けになりましたか?」
 「父だと聞いています」
 生まれた時は単に哺乳類だが,名前が付けられたときに人間になる。こんな人になってほしいという願いや愛情によって人間になる。下の名前は,だから大切。誰かに愛されないと人間にならない。少年審判のときに,初めてフルネームで名前を呼ばれた少年がいたということをエバタ先生がおっしゃった。それまでは,オイとかソコノとかオマエとしか呼ばれていなかった。鳥取県皆生であった日本初のトライアスロン大会で優勝したときに,みんないろいろと言ってくれたが,エバタレイコさんは「ただ元気だけなら,ただの生き物よ」と言って,「私の車椅子のプロになりなさい。他の事を考えていたら私は仕事にならないから,あなたが私の車椅子を押しなさい」。「いろんなことを犠牲にして私のところに来ると,あなたにはいいことがある」。それで,40歳から車椅子押しのプロになった。エバタさんの言葉をいくつも聞きました。「節目に友あり。曲がり角に師あり」。「待っていてくれる人がいるから,人は希望を持って生きられるのよ」……。
 エバタさんとは江幡玲子さん。1962年から20年間,警視庁心理鑑別技師。1982年に思春期問題研究所を設立。数々の相談や指導にあたり,執筆もされ,多くの人に慕われた人生を2004年に閉じる。
 3月の震災前に,高石さんは奥さんを亡くされ,そのあと何もする気にならず,じっとしておられたそうです。生徒指導研究会でお会いしたのは8月17日。
 「昨日が送り火だったので,私にとっては,今日からまた出発です」
 あっという間の90分でした。昼食をご一緒しました。
 「昨日,暗い,赤い月が出ていたのをご覧になりましたか?」
 「ああ,そうでしたね。見ました」

 思いを込めて名付けられた人たちが,あまりにも多く亡くなったこの半年。
 文化祭でも震災の被災地支援の募金活動をしていた生徒会執行部員が朝玄関に立って,今度は台風12号の被害を受けた奈良県や和歌山県に送る募金を集めています。

 五山の送り火も,赤い月も,見る人の目にどのように映ったことか。
 「私,月には気づきませんでした」
 生徒は残念そうに言いました。
 「君の名前はどなたがお付けになったの?」
 「おとうさん,あ,父です」

 9月11日,日曜日の夜の府立植物園で月の観賞会がありました。自然科学部の生徒がお手伝いしました。今年の中秋の名月は12日でした。1日前の月は,小望月(こもちづき)。幾望(きぼう)とも呼ばれます。
                          2011.09.15……荒瀬克己