式辞全文
- 公開日
- 2026/02/28
- 更新日
- 2026/02/28
学校行事
校内の紅白の梅の花も満開を迎え、ミツバチも訪れる春の気配が確実に近づいて いる今日の佳き日、京都市立京都堀川音楽高等学校、第十六回卒業式を挙行できますことを、心より嬉しく存じます。
先ほど卒業生四十名に卒業証書を授与いたしました。卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。教職員一同、在校生一同、心よりお祝い申し上げます。
この一年、私は本当に幸せな時間を過ごしました。その理由の一つは、皆さんの音楽に囲まれていたことです。私は、しばらくクラシック音楽から離れていました。かつてひたむきに音楽に向き合っていた頃の感覚から、いつの間にか少し遠ざかっていたように思います。
ところが、この一年、校舎に満ちあふれる皆さんの音楽に触れているうちに、その感覚が静かに戻ってきました。それは私にとって本当に幸せなことでした。そして、それに伴って、音楽以外のさまざまなことにも、今まで以上に心が動くようになっている自分に気づきました。私を変えてくれたのは、音楽の力にほかなりません。
クラシック音楽は、スポーツやアーティストのドーム公演のように、同じ瞬間に熱狂し大歓声が響き渡る、そのような形には、なりにくいかもしれません。しかし、だからこそ人としてとても大切な部分を、静かに、しかし確かに揺さぶる力を持っています。そんな力を持ったものに、皆さんは三年間、真正面から向き合ってきました。それも本当に懸命に。その姿を見てきた者として、その努力を心から称え、そして私を変えてくれた皆さんに感謝したいと思います。
また、皆さんの成長を間近で見ることができたことも、私にとって大きな喜びでした。ここは学校です。だからこそ、変化の過程を見ることができました。揺れていた音が少しずつ芯を持つようになる瞬間。迷いの中にあった演奏が、ある日ふと覚悟を帯びる瞬間。仲間とぶつかり合いながらも、もう一度音を合わせ直す姿。その一つ一つを見続けることができたこと、そして、みなさんの、人としての成長を 実感できたことは、教育に携わる者として何よりの喜びでした。
そのように感じる一方で、私はあることを思います。私は学校という場で、皆さんが歩んできた過程を知っている、ということが、皆さんの音楽に、深く心を動かされた要因の一つになっているかもしれない、ということです。
しかし本来、音楽はそのような過程を知ってもらえるとは限りません。その場で生まれる一瞬の音だけによって、すべてが伝わり、すべてが問われるシビアな世界です。だからこそ、その一瞬に何を立ち現れるのか、それが、とても大切になります。その瞬間に現れるものは、単なる音ではなく、そこに立つ一人の人間の在り方、その人自身なのだと思います。音はやがて消えていきます。しかし、その音を通して現れた「その人そのもの」は、聴いた人の中に静かに残り続けます。
その一瞬にすべてを込める覚悟は、三年間の積み重ねの中で、皆さんの内にすでに育まれていると私は信じています。その覚悟を、これからも音の中に託してください。
本校が掲げてきた「人とつながる音楽家」の姿は、特別な理想像ではありません。唯一の定義はありませんが、自分と向き合い、人と向き合い、その積み重ねを音に託すということが、私は、「人とつながる音楽家」の本質に触れる在り方の一つだと思っています。皆さんは、この三年間で、その土台をしっかりと築いていると思います。
一つのことに真剣に向き合い、壁にぶつかりながらも、人とつながる経験を重ねて乗り越えてきた歩みは、これから先、音楽に限らず、どのような困難に直面したとしても、皆さんを支える大きな力となるはずです。
先日までミラノ・コルティナオリンピックが行われていましたが、多くの選手たちが、「一人では決してここまで来られなかった。支えてくれた人たちに感謝しかありません」と語る姿を、私たちは何度も目にしてきました。頂点を目指すその舞台への歩みは、背後に支える人の存在があってこそ、成り立っています。音楽もまた同じです。自分と向き合う営みでありながら、決して一人で完結するものではありません。聴いてくれる人、支えてくれる人がいて、初めてその音は誰かの心に届きます。そのことを、どうか忘れないでください。
保護者の皆様にご挨拶を申し上げます。本日はお子様のご卒業、誠におめでとうございます。この三年間、決して平坦な道ではなかったことと存じます。その中で、お子様は歩みを止めることなく、真摯に音楽と向き合ってこられました。その歩みを学校とともに支えてくださいましたこと、また本校の教育活動をご支援くださいましたことに、心より感謝申し上げます。お子様はこれからも自分を見つめ、自らの道を歩んでいかれることと思います。これからも、今しばらく、どうか温かく見守っていただけましたら幸いです。
最後に、卒業生の皆さん。
社会に出れば、思い通りにならないこともあるでしょう。荒波に揉まれることもあるかもしれません。しかし、自分と向き合い、人とつながることを続けてきた皆さんなら、その状況に流されることなく、自分の足で立ち、次の一歩を選び取っていけると私は信じています。
これから先、その一瞬に、どれだけ自分を込めることができるでしょうか。三年間、自分と向き合い続けてきた皆さんなら、その歩みをこれからも重ねていけるはずです。
どうかこれからも、自分を信じ、自分の音楽を信じてください。皆さんの音楽が、誰かの心に静かに、しかし確かに残り続けることを、心から願っています。
ご卒業、おめでとうございます。
令和八年二月二十八日
京都市立京都堀川音楽高等学校校長谷口衛