(アーカイブ2016年10月7日) 経験を力に
- 公開日
- 2017/05/03
- 更新日
- 2017/05/03
校長室ウェブログ
10月4日、前期終業式にあたり、私の「ひじき嫌い」の話をしました。私は、長い間、食べ物の中で「ひじき」が嫌いでした。何よりも形が嫌い、色が嫌い、食感が嫌い、もちろん味も嫌いで、食卓に並んでも、弁当の副菜でついていても“姿を見せないで”、という心持ちでした。「しいたけ」も小さい頃から駄目でしたが、小学校高学年頃、そうめんのつゆがきっかけで「好き」に転じました。しかし、「ひじき」だけは人生長い間ずっと無理でした。それがある時、その場の雰囲気で久方ぶりに食べざるを得ない状況になって、しかたなく口に運びました。「あれ? いい味がする」、それが感想でした。よくある「ひじき」の煮物でしたが、頭の中で「おいしい!」という感覚が芽生えました。長らく「ひじき嫌い」で生きてきて、今から5年ほど前でしょうか、「おいしい」と思ったのです。そうなると、形も、色も、食感も、「嫌い」という感覚はいつのまにか失せました。今は、ひじきの煮物は好んで食べています。「ひじき」という食べ物を拒否しなくると、食事のときも、弁当を選ぶ時も、定食を食べる時も、最初から構えず、ゆったりした気持ちで過ごせます。
終業式の話で校長の好き嫌いの話を言うのも、と思いましたが、そのことを前置きにして話したかったことは、「嫌い」「合わない」「無理」というような感覚で、すべてを拒否してしまいシャッターを下ろして鍵をかけてしまうのはいかがなものか、ということです。経験の広がりは、その上に積み上がる力や技量も大きく、厚く、多様になるだろうから、最初から経験の入口を狭めないでほしいということが言いたかったのです。これは、教科・科目の好き嫌いでも、他者との関係性においてもあてはまると思います。
本校は2年生から専攻の学習が始まりますが、1年生の間は最初8分野の学習をすべて学習しながら専攻を徐々に絞っていく、一方1年生から2年生の間に専攻に関わりなく美術の基礎教育を共通で学びます。生徒はこの仕組みのなかで美術の学びを深めますが、高校入学時にすでにカチカチに固まっている普通科目の好き嫌い、あるいは得意不得意の感覚はなかなか克服できないようです。そして最近、生徒どうし、他者との関係においても、受けとめる入口が非常に狭いように見受けられます。悲しい、辛い、苦しい経験をあえて求める必要はないし、経験しない方がよいのは当然ですが、そういう経験を恐れるがあまり、最初から入口を狭く、さらには目の細かい網を張って限られたものだけを通すというスタンスは、物事への対応力、課題解決力、生きる力を弱めることになります。先入観やこれまでの経験則だけに頼らず、「経験は力になる」という構えで間口を狭めないこと、そして何かに直面した時は、困りを覆い隠したり辛抱するのではなく他者の支援を求め、「経験を力にする」行動に出てほしいと願っています。もちろん私たち教員は、その見守りと必要かつ適切なサポートしなければなりません。もっと言えば、まずは教員こそが自らの専門性によりかからず、間口を広げ、多様な経験をすべきなのだと思います。
2016年10月7日
校長 吉田 功