染織学校 京都市立工業学校へと再編成
- 公開日
- 2015/08/31
- 更新日
- 2015/08/31
洛陽メモリアル
京都市の工業教育の再編成の動きは、大正6年(1917年)、まさに市の工業発展の機運を背景に始まりました。その年の10月、府知事が府立工業学校の設立を明らかにしました。
これに対して市側は、市長はじめ市立の染織学校拡大を主張、紆余曲折を経て京都市立染織学校は、大正8年(1919年)4月に「京都市立工業学校」として再編成され翌年にかけて新設学科の設置が進められました。
工業学校として再編成にあたっては、本校と分教場に分けられ烏丸校地は本校として色染、機織、工業化学、電気、機械の甲種5科に、木工、玩具、金工の乙種3科は市立第二商業学校跡(上京区五辻通り浄福寺西入る)の校地・校舎を利用、実習室を増設、諸設備を整えて分教場としました。
こうして京都の産業発展の将来的見地からすぐれた技術者および職工の育成により、工業の振興を図るという目標の第一歩が始まったのです。
(洛陽工高百年史より引用)