学校日記

染織学校 時代のうねり

公開日
2015/08/28
更新日
2015/08/28

洛陽メモリアル

 大正4年(1915年)から大正9年(1920年)まで第一次世界大戦による特需が産業界を刺激、京都の産業界もこれまでに類を見ない好景気が続きました。明治末から不況に陥っていた西陣や丹後地方の織物業界も好況に転じ、工場数、職工数も急増、地場産業は息を吹き返しました。
 このような環境のもと大正年間の実業教育は、明治期の模索状態から一歩進んで制度、内容とも秩序正しくなっていき、積極的に教育制度の規模、内容の再検討が始まりました。第一次大戦後、欧米諸国を追うようにわが国も実業教育を教育の中心課題にしようという兆しが現れました。
 京都市の工業教育の再編成の動きは大正6年(1917年)、まさに市の工業発展の機運を背景に始まり、いよいよ「京都市立染織学校」は「京都市立工業学校」となっていきます。
(洛陽工高100年史より引用)