『南風、吹かせ!』〜Hot wind from Mukaijima〜
- 公開日
- 2016/05/24
- 更新日
- 2016/05/24
校長室から
『楽しぃ生活しいや!』
年度末から父が入院しています。その時は、母と妹との区別がつかないほど意識が混濁もしていました。今だから言えますが、『始業式や入学式に休むことにならねばよいが…』そう思いました。今の医学は素晴らしいです。20日間ほどして集中治療室を出ることができ、普通病棟に移ってからは、身体のチューブが次々とれて、赤ちゃんの離乳食のような食事ですがとれるようになりました。今では、自分で食事も用便もできるまでに回復し、歩く練習を始めてもいます。ただ、体重は10キロほど減少し、すでに恰幅のよい父の面影はなくなりました。
土曜日と日曜日には必ず病室を訪れます。日曜日には妻と上の息子も一緒です。元々耳が遠いのでホワイトボードを使って筆談をするのですが、随分とコミュニケーションがとれるようになってきました。父は、自分の身体が重篤であるにも関わらす、常に家族のことを慮っています。「おばあちゃん(母)は疲れてへんか?」「陽太(二男)は元気にしてるか?」「家のことで色々と面倒を掛けるけど、学校の仕事は大丈夫か?」
病気からの立ち直りに気力が大切であることを思い知ったエピソードが2つあります。1つは、意識がしっかりとしていない時のことです。アメリカ留学中の二男には今回の入院のことを知らせていないので、帰国するまでによくなってほしいと言ったときです。父の表情が引き締まりました。もう1つはごく最近です。用便の失敗を繰り返すと、父自身が自信を喪失するので、それがしっかりとできるようリハビリを頑張ってほしいと言った時です。無言でしたが、強い決意がこちらに伝わってきました。
昭和5年生まれで86歳になる父は、将に激動の時代を生きてきました。敗戦を経験し、ひもじい思いをして成長期の青年時代を過ごしました。そして、働きに働いて日本の復興を支え、我が国を世界有数の経済大国へと導いてきた世代の人です。辛抱強く身体が丈夫で、学ぶことにも衣食住にも貪欲です。高度経済成長期に生まれた私は、働くことが家族と社会のためになるということを父の背中から学んできました。
先週のことです。仕事が立て込んでしんどい思いをしていました。学校経営のことや家庭のこと、そしてその両立についてプレッシャーも感じていました。病室を去ろうとした瞬間です。「清人、楽しぃ生活しいや!」父はそう言いました。「十分楽しくやってるで」そうは答えましたが、どうやら父には見破られていたようです。
帰りの車の中で涙が溢れました。翌日、息子が父の病室から出た直後に言いました。「ここへ来ると、不思議と“やる気”になるねんな…。」
ここまで回復したのは奇跡です。それならば、もっとすごい奇跡を起こしてほしいと願っています。「清人の退職の年まで生きて、オリンピックを見に行くんや!」3年前に東京五輪が決定したとき、父自身が立てた目標の実現です。