『南風、吹かせ!』〜Hot wind from Mukaijima〜
- 公開日
- 2015/07/09
- 更新日
- 2015/07/09
校長室から
「思いや願いを受け止める」
また痛ましい事件が起こりました。7月5日午後7時半ごろ、岩手県矢巾(やはば)町で中学2年の男子生徒がJR東北線の電車にはねられて死亡しました。後に、担任の先生とのやり取りのための「生活記録ノート」が見つかり、その内容からいじめによる自殺ではないかとの見方が強まっています。このノートがどうしてマスコミの手に渡ったのかは分かりませんが、既にその内容はTVやネット上で公開されています。「なぐられたり、首をしめられたり、悪口を言われたりした」「もう疲れました もう死にたいと思います」と綴られた生徒の訴えに対して、担任の先生のコメントが何とも素っ気ないのです。中学生の保護者も「なぜ、何らかの対処をしてくれなかったのか?」と学校と担任の教師を批判しています。
これだけを見ると、『担任の先生は、いったい何をしていたのか!?』という強い憤りの気持ちをもちます。一方、決して学校や校長や担任の先生を弁護するつもりはありませんが、同じ教師として、このような結果に対して色々な想像はします。
教師になって初めて赴任した学校で2年生の担任になりました。私の学級ではなかったある男子生徒が、休み時間のたびに「○○君に〜された」「もういやや!限界!転校したい!」などと訴えに来ました。初めの頃は大問題とばかりに話を聴き、担任の先生に伝え、何とか解決の方法を探りました。『徹底的に解決しなくてはいけない!』という気持ちがなくなっていることに気付かされたのは、1年が経って、その生徒が新しく赴任された先生に対して一生懸命に自分に起こっていることを訴え、先生が学年会で提案された時でした。
「双方の話を聞き、問題が大きくなることはないと判断した」これは今回の事件後、マスコミのインタビューに対する学校のコメントですが、将にその時、私も同じように思っていました。あのとき、自殺とまではいかなくても、あの生徒は教師や学校に失望していたのではないかと思うと、何とも情けなく、今更ながらその子に対しても申し訳ない気持ちで一杯です。30年以上前の私のこのケースも今回の場合も、生徒の気持ちを十分に理解できていなかったという点では、教師の側に反省しなければならないところが大いにあります。
今朝の職員朝礼では、この事件を取り上げて、「困りを抱えた生徒は、本当にいないか。再度、学級や学年の生徒を見つめ直してほしい!」と伝えました。
本校では、学習の質問に答えたり楽しく会話をしたりしながら休憩時間も教師が教室や廊下で生徒と一緒にいるようにしています。また、生徒と教職員との距離が極めて近い関係にある学校だと肯定的に思ってもいます。教職員が生徒のことをよく見ている学校だと自負もします。しかし、『本当に、子どもの思いや願いをそのままに受け止められているのか?』この機会に、今一度注意深く見つめ直さなければなりません。