学校日記

『南風、吹かせ!』〜Hot wind from Mukaijima〜

公開日
2015/04/22
更新日
2015/04/22

校長室から

「区別できること」
 今年の春は雨の日が多く、残念なことに十分に桜の花を楽しむことができませんでした。毎朝、愛犬檸檬を連れて哲学の道を歩きますが、今朝とうとう疎水沿いの桜の木が完全に葉ばかりになりました。しかしよく見ると、緑色の若葉が吹き出し、桜は生きるための作業を次の段階へと移しています。また、目線を低くしてみると、さつきが蕾を膨らませています。もうすぐ見頃になるかと思うと、次はそれが楽しみです。そして、その次は蛍です。
 さて、今年度が始まって3週間目に入りました。新入生も学校に慣れ、声をかけても上手く反応できなかった子らが、向こうから話しかけてくれるようにもなりました。
「一日も早く生徒とよい関係を結びたい。」教師は誰でもそう思うものです。
今は4月。つい1か月前までは、最高によい関係で繋がっていた生徒たちと一緒に過ごしていたのですから尚更ですね。今年度本校に赴任してきて、何もない状態から生徒との関係をつくる者たちとしては、不安や焦りもあるでしょう。しかし今、子どもたちと挨拶を交わしたり、会話をしたり笑い合ったりしているうちに、自然と関係が出来上がっていくものだと改めて感じています。
 もう何年も前のことです。教育実習生が、生徒と関係を築きたいあまり、無理に接近しすぎて大反発を食らったことがあり、次のように言ったことを思い出しました。
 「焦ったらアカン。生徒は、先生のことを本当によく観察してる。それは、見ようと思って観ているのではなく、どちらかというと“本能”のようなもの。安心して接することができるのか、信頼はできるのか、それはそれはじっくりと観てる。初めは距離をおいてて、この人なら大丈夫と感じると徐々にその距離を詰めてくる。じっと待っていたら向こうから近づいてくるんや。まだ不安感があるときに無理に近づこうとしたら、逃げていくのは当たり前やで。」
 昨日、3年生が「全国学力学習状況調査」に取り組みました。テストに真剣に向き合う3年生の表情を見ていて、改めて気づいたことがあります。それは、生徒との(心的)距離が詰まってくることによって、一人ひとりの顔がはっきりと見えてくるということです。生徒一人ひとりの違いが、はっきりとしてくるといった方が適切かもしれません。以前に、名前を覚えることについて書きましたが、人を認識するということはその人の顔や体格や声やしゃべり方やリアクションに至るまで、周りの人と区別して捉えることができるということなのだろうと思います。
 最近、若い芸能人の名前が分かりません。違う言い方をすれば、みな同じように見えます。しかし、あるとき、それは多分名前を覚えた瞬間ですが、その他大勢の中からその人物を区別できるようになります。今、私の中でその過程がものすごいスピードで進行中です。そして、その営みが楽しくて有意義で、たまらなく嬉しいのです。