東日本大震災から2年 祈りを捧ぐ!
- 公開日
- 2013/03/11
- 更新日
- 2013/03/11
学校の様子
あの日から2年が過ぎた。テレビでも新しい映像や話しを聞くことがある。まだまだ分かっていないことも多々ある。
阪神淡路大震災のあった日には避難訓練をする。3月11日のこの日には御霊を慰めようと何かしたいと教職員に尋ねたら、「朝一番に体育館に集めて黙祷を捧げましょう。」と言ってくれた。そこで今日は8時30分から40分まで体育館に集め、下記のような話しをした。
「今日は3月11日です。東日本大震災から丁度2年になります。
いまなお、31万5千人の方が仮設住宅にて避難生活をしておられます。
無くなった方も2万人おられて、今なお遺体さえも見つかっていない人もいます。
遺族の方は毎日、遺体を探しておられると聞きます。
亡くなった方々の魂が安らかでありますように、心より、祈りを捧げたいと思います。
姿勢を正して、「黙祷!」 」
あの日もいい天気でした。午後2時46分です。もう少し正確にいうと午後2時46分18秒でした。
職員室で地震に気づき、体育館へ走っていくと、外でバレー部の子が練習をしていました。地震に気がついた人はいなかったようですが、北校舎の3階から吹奏楽部の練習が聞こえてきたので、放送で「大きな地震があったので、次にあったら机の下に隠れなさい」と入れました。大げさなという感じもありましたが、あんなに大きな震災になるとは思ってもいませんでした。
あの日は金曜日で次の日の土曜日はさらにいい天気で、何事もなかったような天気が恨めしく思ったことです。
君たちと同級生の子どもたちもたくさんいました。
昨日は京都マラソンで出野先生と中村先生が参加しました。あれも復興を願っての取組です。なかなかこれはだれでも参加できませんが、テレビを見て、ああだった。こうだったと話しをすることは大切で、それも支援になります。大切なことは何かと言えば「忘れない」ということです。
阪神淡路大震災にしても、京都と神戸は離れているように思うけど 地球儀を想像してごらん、小さな日本があって、京都と神戸は点のようなものだ。あれが京都であっても何も不思議はない。次に起こるのは明日かもしれない。10年後かもしれない。
福島の原発のことは、君たちが先生の年になっても、まだ続いているだろう。
生かされている僕達は彼らの分まで国のため、自分のために頑張らなくてはならない。
子どもたちが、とても静かに真摯に受け止めてくれたのでうれしく思った。
シェイクアウト訓練というのがある。「地震から逃げろ」という造語であるが、携帯で登録しておくとマナーモードでも危険を知らせるブザーが鳴り、メッセージが届くという。
地震が来たら、姿勢を低くして、机、テーブルの下に頭を入れ、1分間じっとしておきなさいという避難方法である。 配布文書コーナーに載せましたので、参考までに!
改めて皆さんと、鎮魂の祈りを捧げたいと思います。