敬老の日を前にして!
- 公開日
- 2011/09/12
- 更新日
- 2011/09/12
学校の様子
昨日9月11日醍醐小学校にて敬老会が行われた。19日の敬老の日を前倒しに行われたものである。醍醐小学校区の70歳以上の方は930名おられるそうだ。これは7分の1ということなので、歩いていて出会う確率は高い。北醍醐小学校区を入れるともっとということになる。来年は1000人を超えるとのことだった。
社会福祉協議会や女性会の皆様の努力でなされている取組であるが、オープニングに着物を着た踊り子さんが粋な踊りを披露され、醍醐小学校の児童も浴衣を着てそれにジョイントする。なかなか、踊りもいいものだと思った。
全部か来られた訳ではないが、体育館は満員の状態であった。基本として米寿(88歳)の方には赤い座布団、喜寿(77歳)の方には紫の座布団がプレゼントされた。
70歳で老人と言われたくない気がする。私など二十歳に戻るより、遙かに近い。
講演が行われたが「ホスピス」についてだった。現実的ではあるが、あまりに身近すぎる話題で、私が恐縮する必要もないのだが申し訳ないような気にもなった。
「ホスピスとは、元々は中世ヨーロッパで、旅の巡礼者を宿泊させた小さな教会のことを指した。そうした旅人が、病や健康上の不調で旅立つことが出来なければ、そのままそこに置いて、ケアや看病をしたことから、看護収容施設全般をホスピスと呼ぶようになった。」(出典:フレッシュアイペディア)のだそうだ。要するに「おもてなし」ということらしい。
しかし皆さんは、私の心配とは全く関係なく、熱心に頷きながら聞いておられた。下手に気を遣う方がおかしいのかもしれない。
「おたくどこのホスピスですか?」「私、○○のホスピスですわ」「最期楽しみましょか」 ぐらいの会話があってもいいのかもしれない。
謝辞で演題の「終わりよければ、全てよし」をもじって「終わりなければ、もっとよし」と返され、会場が沸いた。さすがだと感心し、こんな遊び心が大切であるとも思った。
良寛の「死ぬ時は死ぬるがよろしく候」がこの10年、いつも心の隅にある。
「生かされているときには生きるがよろしく候」で逝くときが来たら「ああ、面白かった!」と幕を下ろしたいものである。「達観」もめざす世界なのだが、ほど遠く身近な煩悩に翻弄させられている悲しき小市民である。
※園芸部の子供たち、顧問より取組の様子をHPの配布文書のコーナーに載せています。 ご覧下さい。(写真、文書は顧問の先生からのものです。)