《今週の生け花》カーネーション,トクサ,ソリダコ,玉シダ 4月12日(月)〜
- 公開日
- 2010/04/12
- 更新日
- 2010/04/12
今週の生け花
カーネーションは、ナデシコ科ナデシコ属の多年草で、別名にオランダナデシコ、ジャコウナデシコ、オランダセキチクなどがあります。原産は南ヨーロッパおよび西アジアの地中海沿岸といわれています。カーネーションという名前の由来には諸説あり、肉(ラテン語:carn)の色の花という説や、戴冠式を意味する語のコロネーション(coronation)が訛ってカーネーションとなったとの説もあります(corona:ギリシャ語で王冠の意味)。
地中海沿岸から西アジアの原産のため古くから、可憐な花容を愛されていました。特にイスラム世界では、バラやチューリップと並んで、愛好された植物です。イスラム教では偶像崇拝が禁止されているため、モスクなどの装飾には”アラベスク”という幾何学模様や草花の文様が使用されました。このアラベスクの意匠にカーネーションの花はしばしば使用されています。
カーネーションが世界的に普及したのは母の日の成立が大きく関わっています。「母の日」に母親に贈呈する花として世界中で愛好されることになりました。17世紀にはイギリスでフローリスト(園芸愛好家)達によって栽培され、オーリキュラやチューリップ等と並びフローリスツ・フラワーの一つとして大きく進展を見ました。18世紀を通じて品種が増え、やがて「ショウ・カーネーション」が生まれ、これが19世紀の主流となりました。この花の特徴は花弁の縁の鋸歯がなくなり、花弁の配置を幾何学的な整形に近づけたもので、現代のカーネーションとは異なっています。この時代にはまだバラの改良もそれほど進んでおらず、カーネーション、オーリキュラ、チューリップは時代の先端を行く園芸植物であったのです。19世紀中頃になるとフランスでの育種が進み、1840年にダルメイスが「パーペテュアル系」を作出、更に1857年にはやはりフランスで「マルメゾン系」が誕生した。これらが現代の営利用カーネーションに繋がっています。
なお、日本には江戸時代初期以前に輸入され、アンジャベルまたはアンジャと呼ばれました。享保年間に出版された、『地錦抄録』(1733年)には、徳川家光の時代正保年間にオランダからカーネーションが伝来したと書かれています。しかし、このときには日本に定着せず、寛文年間に再伝来し、14種品種が紹介されました。この時期に書かれた『花壇綱目』にも「あんしやべる」の名で記録されています。宝暦年間の1755年に著された『絵本野山草』にはカーネーションはナデシコなどとともに紹介されています。この時期には数百種に上る品種がナデシコだけで作り出されておりその中にカーネーションも含まれていたようです。
現在、カーネーションはキク、バラと並ぶ生産高を誇る花卉植物であり、ハウス栽培で年間を通して供給されています。しかし、最も需要が伸びるのは、やはり「母の日」の5月前後のようです。また切り花のイメージが強いが最近では鉢植えの品種も普及しています。
カーネーションに青い色はありませんでしたが、サントリーと、オーストラリアのフロリジン社が遺伝子組換えで青いカーネーション(ムーンダスト)を作り出しました。
花言葉は、「女性の愛」「感覚」「感動」「純粋な愛情」ですが、色によっても様々あります。それだけ好かれている花なのでしょう。
◎赤⇒「母の愛」「愛を信じる」「熱烈な愛」「哀れみ」
◎濃赤⇒「私の心に哀しみを」
◎黄⇒「軽蔑」
◎白⇒「私の愛情は生きている」「愛の拒絶」
◎ピンク⇒「熱愛」
◎青・ムーンダスト⇒「永遠の幸福」