『東山を西に見て』〜Make legend〜
- 公開日
- 2011/10/24
- 更新日
- 2011/10/24
校長室から
「昭和の子育て」
今朝、校門横の柿の実を収穫しました。全部で60〜70個位採れたでしょうか。30分位の時間がとても楽しかったです。「この1つは、カラスのために残しとこうか。」そう言って自分の言葉にハッとしました。同じような言葉を幼い頃に父から聞いたことがあったからです。
父と一緒に採ったのが柿だったかみかんだったか覚えていませんが、父は「全部採ったらアカン。1つか2つ、残しとくのがええんや。お腹を空かせた旅人がそれで助かったり、カラスが喜んで食べるさかいにな。」と教えてくれました。またその時、一緒にこんな話も聞きました。「腹が減って、よその家になってる柿やみかんを採って食べても、それほどの罪には問われへん。アカンのは、食べる以上に採ってもって帰ることや。」今から40年以上前のことですが、私達は、実によい時代に育ったものだと思います。
また先日、「花山地域生徒指導連絡協議会」の講演会で、生徒指導課の水野主事のお話を聴きながら思い出したことがあります。
上の子がまだヨチヨチ歩きの頃、父も一緒に電車に乗りました。息子が座席に膝を立てて窓の外を眺めていると、父は、靴の裏が立っている人のズボンを汚すと言って息子を叱りました。暫くして、息子が同じことを繰り返した時、「さっき、言うたやろ!」と、ポチャポチャのその可愛らしい脚を“ピシャッ!”と叩いたのです。私も妻もびっくりしました。「人前で我が子を叩く親」−悪い親の典型です。それを知っている世代の私たちは、そして「分別のある親」を装っている私たち夫婦は、決してそんな事をしたことがありませんでした。一方、そんな風に叩かれたことなどない息子も、驚いて凍りついています。一瞬ですが場面がストップしたように感じました。父は平然としています。やがてシーンが動き出して、私の頭も動き出しました。なぜか、私が叩かれたような気持ちになりました。
時代が変わり、子育ての考え方やあり方も変わりましたが、私達は、確かにこのようにして育てられたということを思い出しました。帰宅してから妻とそのことを話しました。自分たちの子育てを振り返るきっかけにもなった出来事でした。
昨日、下の息子の高校野球の試合を、舞洲ベースボールスタジアムまで応援に行きました。父も孫の応援に来ていました。8回裏、1点差を追いつき、1打逆転の好機に代打で息子が打席に立ちました。応援席の皆と同様、隣の父も立って声が枯れんばかりに応援しています。走者を進塁させることはできたものの本人は凡退。「あそこで打ってたら…」帰りの車の中で、父は何度もそのことを悔しがっていました。「分別のある親」を装っている私たち夫婦は、決してそんな事を口にしません。
昭和の子育てと平成のそれとは異なるのでしょうか。昭和の親も平成の親も、子どもを思う気持ちは同じです。逞しく、優しく、そして出来るなら賢く育って、幸せになってほしいと願っているのです…。