『東山を西に見て』
- 公開日
- 2010/11/30
- 更新日
- 2010/11/30
校長室から
「特別な学習ではない」
1948年、国際連合は第3回総会で「世界人権宣言」を採択。2年後には、「世界人権宣言」が採択された12月10日を「人権デー」と定めました。我が国では、「人権デー」である12月10日を最終日とする1週間を「人権週間」と定め、人権尊重のための活動を全国的に展開しています。もうすぐその「人権週間」が始まるので、先週末の定期テスト最終日に、放送を通じて全校生徒に人権についての話をさせてもらいました。これまで人権学習について考えてきたことを、子どもたちに分かりやすいように伝えたつもりです。要旨は次の通りです。
人権週間に向けて、特別な時間が設けられてはいるが、人権学習は何も特別な学習ではない。日常生活の場面で考え、学んでいくものだ。例えば、あなたの周りで泣いている人を見つけたらどうするか。困っている人を見つけたらどうするか。「どうしたの?」とか「私にできることはないですか?」などの声をかけるだろう。これが人権学習の基本だ。少なくとも、そういう時に見て見ぬふりをするような人にはなってほしくない。今の日本社会には、大変残念なことに、色々な差別がある。特定の地域に生まれたとか育ったとかで差別されることがある。また、心身に障害があるということや外国人であるということ、女性だということで不当な扱いを受けることもある。更に、いじめの問題や貧困の問題、老人の問題、施設出身者に対する差別意識、親がいなかったり両親が揃っていないということで差別を受けることさえある。犯罪者やその家族に対する差別も見過ごすことはできない。こういう差別事象に出会ったとき、どういう態度をとればよいのか。泣いている人や困っている人を見かけたら…という場合と同じ。今あげた差別に、先ずは関心をもつことだ。関心をもつことによって“よそ事”が“我が事”になる。私は常々考えている。差別の壁は、このことについて考える人が増えれば増えるほど低くなっていくのだと。この機会に身の周りにある差別問題に関心をもってみて欲しい。どこかにある“よそ事”が“我が事”へと変化するかもしれない。
事前に、先生方に“よそ事”が“我が事”へと変化した経験を生徒に語ってほしいとお願いしておきました。教師の話を、目を潤ませながら聞いてくれた生徒がいたという報告も聞いています。こういう時間が子どもたちの心を耕すのだと思います。
来週に計画されている人権学習に向け、子どもにより深く考えさせられるよう、各学年で数々の読みものやビデオ、講演などが用意されています。これらを資料として上手く使って、授業者はその思いを熱く語ってほしいと思います。学力向上が強く叫ばれてはいますが、教師が、命のことや愛や友情や人権について熱く語ることがなくなれば、学校がその役割を失うとさえ考えます。人権学習の後、友達同士で、そして出来れば家に帰ってからも家族と、人権についての話ができればいいなと思います。