19・22日のことから
- 公開日
- 2010/02/23
- 更新日
- 2010/02/23
校長室から
昨日,公立高等学校の適性検査,推薦入学,特色選抜の結果が出た。いつもながらの悲喜こもごもである。でもそれは,2月15日・16日現在の力での判定である。永遠の判定ではない。合否ともどもしっかりとその力がどうであったかを振り返り,次のステップに活かして欲しい。また,1・2年生の定期考査も始り,生徒たちの真剣に取り組んでいる様子がひしひしと感じられた。
さて,19日に国母選手の話を書いたが,帰国した国母選手は,服装はしっかりと正し,最後まで自分を応援してくれた人に感謝するとともに,これからも自分流を貫いていきたいとコメントをしていた。はからずも国母選手の内面化,つまり,価値体系の組替えがなされたものと思う。いきなり0から100はあり得ない。自分流を貫かなければならない国母選手の気持ちもよく分かる。堂々たる8位入賞である。素質もあるかもしれないが,その努力たるや,やはり認めなければならない。次のオリンピックに向けて,すごく楽しみである。
ところで,昨日の×の利用の話であるが,もっとわかりやすく言えば,よく先生方は,子どもにちゃんと言いました,きっちりと伝えましたが……と言いながら,子どもが忘れ物をする実態がある。わたしはいつも,それは伝えたことにならないと言っている。現に忘れ物をしているからである。何度も何度も忘れ物をする子どもは限定されてくる。そういう実態の子どもが分かれば,お知らせプリントを渡すときに,何度も忘れ物をする子どもに読ませるとか,誰かが読んだり,先生が説明をされた後に,再度ポイントを尋ねてやるとかして,注意喚起をしなければならない。そのことが×の利用の話なのである。子どもたちは一人一人違う。その違いを一番よく知っているのは担任である。一つ一つ丁寧な積み重ねこそ,信頼を得た担任と認められていくのである。