学校日記

価値体系の組替え

公開日
2010/02/19
更新日
2010/02/19

校長室から

 バンクーバー冬季五輪スノーボード・ハーフパイプの国母選手の服装の乱れ問題がクローズアップされている。賛否様々な意見が飛び交っている。いろいろな視点があって,多様な意見があっていいと思う。それが健全であると思う。学校でいえば,道徳教育にあたる話かと思うので,そのことについて,考えてみようと思う。
 本校の道徳の視点として,内面化ということを重視して考えている。道徳を行うことによって,今ある自分の内面を塗り替えていくことであるという考え方である。友だちの多様な意見の交流等によって,自分の内面を変えていく作業なのである。つまり,人間は,自分の内なる価値体系をもとに,具体的な場面における判断を下しながら,自分の取るべき行為を選択しているのである。その価値体系は,新たな経験により,組み替えられえていくもので,より高い価値体系への組替えが道徳を行う意義であると考えている。すなわち,社会的規範や道徳的価値が,自分の心の内面に育ち、外から与えられたものではなく,他人がするからでもなく,損得勘定からでもなく,自分の心中で,必要性を感じる気持ちになることが,内面化をめざす道徳なのである。昨日書いたJR高円寺駅での青年は,その気持ちがまさに行動化になった話なのである。
 だから,国母選手自身も様々な意見を聞きながら,自分の内面化を進めているものと思う。また,それらの意見を聞いているわたし自身も,今までの自分とは違った価値判断を塗り替えていくのである。この内面化は,いつまでということのない,どこまでということない,人間生きている限り永遠に塗り替えられていくものなのである。ところで,司馬遼太郎が歴史小説を書くとき,客観的な事実,資料を多く集め,それらをつなぎ合わせることであると述べている。国母選手を考えるとき,語ろうとするとき,客観的な事実,資料を多く集めて考え,語ることが大切なように思う。あるいは,服装の件についてという限定も必要かもしれない。そこだけがすべてではないし,そこだけで見てしまうことは,本筋を見誤ることにもなりかねないからである。