学校日記

主張

公開日
2009/11/26
更新日
2009/11/26

校長室から

 23日の勤労感謝の日,教え子のデュオコンサートに出かけた。ヴァイオリンとピアノのコンサートで,府民ホールALTIで,「プロコフィエフとの待ちあわせ」と名付けられていた。「待ちあわせ」という表現に,とても懐かしさというか,親しみがわく。なにか自分が主体者になっている感じが,なんとなく嬉しい。
 彼女は,ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団や大阪フィルハーモニー交響楽団との共演やソロなどで活躍している。現在は,出身の京都市立音楽高等学校のピアノ科,ソルフェージュ科の講師を務めている。よく演奏会のチケットを送ってくれる。今回もそうであった。
 大変お茶目な生徒であった。主張すべきはしっかりと主張する生徒であった。わたしにとっては,いつまでも中学生のままであるが,こうした舞台に立つと,きりっと引き締まる。彼女によって近現代のロシアの作曲家など,今までの自分の範疇とは違った作曲家や作品に巡りあうことができて楽しい。今回のプロコフィエフもそうであった。最後の「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ 第1番ヘ短調 作品80」などは,二つの楽器のぶつかり合いのような激しさを感じる作品で,大変気に入った。
 お母さんが楽屋に誘ってくださったが,また今度にしますといって会場を離れた。ヴァイオリンの方もおられ,何か気恥ずかしい思いがしたからだ。二人で作品を作りだしていくデュオは,独奏とは違ってお互いの思いを出しながらも,一つにまとめていく大変な作業であると思う。多分彼女は,曲の解釈において,主張すべきことは主張しているだろうと思うが,そこをどんなふうにしてまとめているのかを聞きたく思う。妥協の産物では,芸術は進まないから,ちょっと興味をもっている。
 街角でばったり出会ったり,尋ねてきてくれたりして,いろいろなところで教え子に出会う。思い出話もいいが,何か言った一言を覚えていてくれて,それに対して,今の,今まで考えた主張を言ってくれることが嬉しい。自分の思いが伝えられる教え子であって欲しいと願っている。