学校日記

冊子から

公開日
2009/10/27
更新日
2009/10/27

校長室から

 厚生労働省から「ハンセン病問題を正しく伝えるために」という啓発冊子が送られてきた。生徒たちに配布する冊子であるが,テキスト解説編と資料編に分かれ,生徒たちと共に考え,行動するきっかけになればと願っている。わたしの知らなかったこともあり,たいへん勉強になった。こうした問題を考えていく上で,最も大切なことは,無関心でいてはいけないということ,つまり,まずは,事実を知るということである。
 いろいろな冊子が送られてくるが,さっと目を通すことが多く,なかなか隅々までしっかりと見ることがない。わたしたちは,送られてきた情報をチョイスする側に立つゆえに,自分の関心事とか,いろいろな要素によって取捨選択するが,指導するという立場に立ったとき,自分の関心を寄せていないものなどに,とりわけ心を注ぐ必要があるように感じる。しかも,それらをつくっている人々のことを思えば,なおのことである。校長室にある画家中川一政先生の「学ぶことは常にあり」という色紙がわたしを見つめた。
 このハンセン病といえば,わたしは松本清張の『砂の器』を思い出す。野村芳太郎監督で映画にもなったが,わたしは日本映画でも屈指の映画の一つだと思う。脚本は橋本忍・山田洋二である。前にも書いた方言周圏論で,東北訛りが出雲にもあったということが,わたしの興味をそそったのであるが,映画では,その映像美の素晴らしさで,今でも思い出すシーンがある。ハンセン病で能登を追われた本浦千代吉が巡礼者となって,主人公の本浦秀夫(後の和賀英良)とともに日本海の荒波をバックにさまよう姿である。あたかもその荒波が親子の状況を象徴するかのようなシーンである。それに,最後の場面,和賀英良がピアノ協奏曲「宿命」を弾きながら,いままでの苦悩の回想場面が交差するところの迫力は並みのものではない。
 そして何より,全国ハンセン氏病患者協議会(現在「ハンセン病療養所入所者協議会」)から,その差別を助長するものとして映画の計画段階から強く中止要請を受けたものであるが,最後に,現在では特効薬とともに完全に回復する病気であること,社会復帰が続いていること,しかし,それを拒むものとして,根強く残る非科学的な偏見と差別があること,そして,本浦千代吉のような患者はどこにもいないということ,こうした内容のテロップを流すことを条件に,上映された作品である。映画は1974年の作品で,もう30数年前のものである。