蝸牛
- 公開日
- 2009/10/19
- 更新日
- 2009/10/19
校長室から
昨日 花背小学校・花背中学校の竣工式に行った。茅葺き屋根を有した民家をイメージした外観は,親しみとともに,なにか懐かしさを感じるものであった。内部も吹き抜けで,2階廊下は回廊で,見通しのよいすっきりとした圧迫感のない居心地のよさを感じた。そして,1階には,1・2・3年生に保育施設が,2階は4・5・6年生に中学生の7・8・9年生の取り合わせがよい。前期の小学生が入学前の幼児を,中学生が後期の小学生を見守るというか,それぞれが上級生らしさも見せなければならないし,一緒にいる中での育ちを意識しているように思えた。外の者でもわくわくするくらいだから,学校に通う子どもたちはもちろん,教職員も地域の方々もその喜びをかみ締めておられるのだろうなと思えた。
式典では,門川市長から,世界を担う人が育つことを期待される旨の話があったが,まさに大村はま先生同様,「未来の子どものために」に対して,行政としての仕事をやり遂げ,あとの中身については,現場の教職員へというバトンタッチを行ったように思えた。
式典の前に,茂山一門の祝いの狂言が行われた。茂山茂君が狂言並びに演目の「附子」「蝸牛」についての説明をしていた。茂山茂君といったのも,前の学校の生徒だからだ。当時,上から読んでも,下から読んでもと思っていたことがある。あれほど堂々とした様子で狂言について話せるとは想像もしていなかった。やはり名門はそのように育つものだなと感心した。何度か道端で会ったこともあるが,狂言についての彼は別人のように,生き生きとしていた。
ところで,「附子」は,皆さんもご存じであろう。小学校の国語にもあったが,今は「柿山伏」が載っている。また,「蝸牛」は,長寿の祝いとして,主人から命を受け,太郎冠者がカタツムリを取りに行く話だが,カタツムリを知らないために山伏をカタツムリと勘違いをする話である。
その「蝸牛」といえば,日本の民俗学の草分け,柳田國男を思い出す。方言は文化的中心地から同心円状に分布する場合、内側から外側へ順次変化したと推定するという考え方で,それを方言周圏論といい,『蝸牛考』で,その節を提唱した。
京都では,カタツムリの呼称を新しいものから並べると,デデムシ(でんでんむし),マイマイ,カタツムリ,ツブリ,ナメクジと古くなる。中部や四国ではマイマイ,関東や四国ではカタツムリ,東北や九州ではツブリ,東北も北部や九州の西部ではナメクジと呼んでいる。新しい呼称が京都に残り,順番に遠くに存在するという,放射線状に時系列とともに波のように伝わる様子が見てとれる。以前の教科書にも,何故,京都の古い呼称が九州や正反対の東北で見つかるのかという話が載っていた。
民俗学者である柳田國男にしても宮本常一にしても,フィールドワークが学問の基本であった。総合的な学習の時間なども,地域を見つめたり,体験を含めたりと,フィールドワークを取り入れた活動の有用性のために入ってきたものでもある。