学校日記

☆6年生 脱線だらけの歴史の部屋☆

公開日
2020/05/13
更新日
2020/05/13

6年生の部屋

 奈良県の東大寺(とうだいじ)にある大仏を見たことはありますか。鹿がたくさんいる奈良公園内の東大寺というお寺にある巨大な仏像です。
 この大仏の正式な名前は『盧舎那仏坐像(るしゃなぶつ ざぞう)』といいます。高さ約16メートルもの大きさのこの仏像です。
 この巨大な仏像は,今から1300年近くも昔,当時の天皇である聖武天皇(しょうむてんのう)が造ることを決め,行基(ぎょうき)というお坊さんを中心として外国からきたと渡来人(とらいじん)と呼ばれる人々の高い技術力も使い造り上げられました。
 今では工事をする際には当たり前である,車も大きな工事用機材も無い中で,こんな大きさのものを造ったのです。
 
 そして752年に,大仏を完成させるために瞳を描きいれる『大仏開眼会(だいぶつ かいげんえ)』が東大寺で行われました。この時,大仏に瞳を描き入れたのは,大仏づくりを中心となって進めた行基でも,造ることを決めた聖武天皇でもありませんでした。そんな大事な儀式で大仏の瞳を描き入れたのは,なんと日本人ではなくインド出身の菩提僊那(ぼだいせんな)というお坊さんでした。
 
 現在では,飛行機の登場で遠くの国へ旅行する時でも「安心」で「安全」,それでいて「速く」移動することができるようになりました。しかし,奈良の大仏ができた当時の世の中は,飛行機などは無く,船で何日もかけて「危険」と隣り合わせな中で外国へと渡っていました。
 そんな時代に四方を海に囲まれた日本に様々な国の人が来ていたということに驚きを感じ,また,そんな危険な旅をしても日本に来ようと思った当時の外国の人たちの強い思いがあったからこそ,今でも日本各地に残る様々な文化財が生まれたのだと思います。

 ちなみに,『大仏開眼会』で実際に菩提僊那(ぼだいせんな)が使ったといわれている筆が奈良の正倉院(しょうそういん)で今でも大切に保管されています。