☆6年生 脱線ばかりの歴史の部屋☆
- 公開日
- 2020/05/11
- 更新日
- 2020/05/11
6年生の部屋
本日は少し真面目に歴史の話を書いていこうと思います。
前回,弥生時代のお墓事情について書いたので,弥生時代つながりで,写真の人物『卑弥呼(ひみこ)』がいたとされる『邪馬台国(やまとのくに/やまたいこく)』について書いていきます。
実は,邪馬台国の場所については未だに「ここにあった」と断定されてはいません。その大きな要因としては,場所に関する記述が中国の歴史書である『三国志』の中の「魏志倭人伝(ぎしわじんでん)」にあるもののみだからだと思います。所在地に関しては,今現在,近畿地方にあったとする「畿内派」と九州地方にあったとする「九州派」の2つの論が有力視されています。
「邪馬台国の場所」については,昔から日本国内で研究され続けてきました。古くは今から200年以上前の江戸時代に生きた新井白石(あらい はくせき)や6年生の社会でも出てくる本居宣長(もとおり のりなが)らも,「魏志倭人伝」を読み,謎につつまれた邪馬台国の場所を探し当てようとしていました。
この「邪馬台国の場所」論争は,未だ発見されていない卑弥呼の墓の発見や「魏志倭人伝」にある「魏」とのやり取りを残した文章などが出てくることで決着するのではないでしょうか。