「ありがとう〜自分が大切にされているという実感〜」の文化を
- 公開日
- 2010/08/31
- 更新日
- 2010/08/31
校長室から
「祇園祭」から始まり,大文字山等の「送り火」,そして「地蔵盆」。わたしたちのふるさと京都のまちを夏の行事が過ぎ去りました。古都の人々の願いから生まれた3つの行事は,時間を超え,人は変われどその精神は受け継がれ,今日に至っています。人間の行為には,それぞれ願いが込められていることを再確認すると同時に,一つのことを粘りづよく継続することが伝統・そして文化に昇華することを教えてくれます。
ある方から聞いた話ですが,「ごめんね」と謝ることができる子どもは,「ありがとう」と感謝する言葉を言える子どもなのだそうです。この話を聞いてなぜなのかと思いました。
私の考えですが,人は自分が大切にされる経験を積むことで,そのことを実感し「ありがとう」という言葉を覚えて相手に返すことを学ぶ。同時にその対極にある謝罪の気持ちが生まれバランスを保つ。その気持ちは「ごめんね」という言葉を学んで相手に伝えられる。実際はどうなのか分かりませんが。
「ありがとう」と,自分を支え大切にしてくれた相手に感謝の気持ちを伝える力を育てること。今,松陽小学校の子ども達に育てたい力の一つです。そのためには,すべての児童が,学校の中で,各家庭で,生活する空間で,自分が大切にされているという実感を持てるような出会いをすることが前提となります。「ありがとう」という感謝の言葉が,学校・家庭・地域で自然に行き交う松陽小学校の校区にしたいものです。時間がたち,そこに住む人の顔は変われど「ありがとう」という言葉が行き交うことで,感謝の気持ちを文化に昇華させればと願います。
松陽は,そこに生きる人を大切にする文化を持つ地域である。
縁があり,この学校に来た一人の人間としての願いです。