「創立40周年という時間に立つ〜受け継ぎ そして 託す〜」
- 公開日
- 2011/07/05
- 更新日
- 2011/07/05
校長室から
校 長 室 よ り
校長 牧野 雅彦
緑あふれる西山に建つ私たちの松陽小学校は,まず昭和45年4月8日に,松尾小学校松陽分校として開校し,翌年の46年4月2日に京都市立松陽小学校として開校しました。それから40年の時間が過ぎ,本年は創立40周年目にあたります。
7月5日(火)に,40周年記念式典を行います。昨年度末に実行委員会を立ち上げ,話し合いを進める中で,手づくりの心のこもった式典にしようということになりました。
今回の式典は,2部に分かれています。儀式中心の1部とアトラクションの2部です。2部では,5年生の子どもたちの発表とPTAコーラスの皆さんによるコーラスメドレーを行います。それに先立ち,40年間の歩みをコンパクトにまとめて映像で映すことにしました。
松陽小学校の歴史を紐解くような気持ちで,校長室にある数冊の古いアルバムや卒業記念アルバムそして10年・20年・30年の記念誌を見ました。
そこには,松陽小学校の誕生の物語がありました。
「松陽」という校名は,開校当時の富井市長(松尾在住)が名付け親となり,校章は,PTA・児童から募集し,それをもとにして日本を代表する花であり,明るい子どもの顔色を表す意味で,桜の花を基調に,松陽の松をデザインしたもの(猿橋義弘氏作)だそうです。
写真には,丘陵地帯にブルドーザーやダンプカーが動き回り,校舎が建つ地盤づくりが始まる様子が写っていました。時間と共に姿を現していく校舎の姿に,子どもたちや保護者の方々,そして地域の方々は胸を躍らされたことでしょう。
工事用フェンスに囲まれた中で行われた運動会や体育館がないため教室で行われた学習発表会の様子。プールがまだ完成しておらず,松尾小学校まで歩いていきプールをかりていたこと。設備は建設途中であるという条件でしたが,写真に写る子どもたちの顔はどれも自分たちの学校で過ごす喜びにあふれていました。
子どもたちやPTAの方々,そして地域の方々の願いで生まれた松陽小学校。40年という時間が流れた今,開校当時の願いや思いをもう一度振り返るよい機会ではないでしょうか。
松陽小学校は、松陽学区のキーステーションとして今後も大きな機能を果たすことになるでしょう。学校の教職員は,時間と共に入れ替わります。しかし,地域の方は長い時間この松陽で生活されます。そう考えたとき,松陽小学校を守り育てていただくのは,PTAと地域の方々です。いま小学生の子どもたちも,やがて成長し保護者そして地域の一員となります。
未来に向かって飛翔する松陽に
そのために
共に生まれてきたことを喜び合える松陽に
人の命 心 生き方が 大切にされる松陽に
最後に校長室にある一番古いアルバムに書き添えられた言葉をご紹介したいと思います。今回の式典では,このアルバムから多くの貴重な写真を使わせていただきました。
「松陽分校の出来るまで(原文のまま)」
約一年間 私は此の分校の写眞を撮ってきました。
せめて此の写眞が松陽分校の歴史の一頁として遠久に残しておきたかったからです。
今はさほどに意味のない写眞であるかもしれないが,
今の子供達が大人となった時には,キット私は深い想い出の写真として喜ばれることを信じています。
撮影者 小原 昭