校長の窓21(終戦記念日)
- 公開日
- 2024/08/15
- 更新日
- 2024/08/15
校長室から
今日(15日)は終戦記念日として、式典が行われ、戦争で亡くなった方々に哀悼の意を表す機会となります。その記事が、例年ならば大きく報道されていたかと思うのですが、今日は、岸田首相の退陣報道で、大きく紙面が割かれていました。少し意識が、政治に向かっている新聞の1面でありました。
戦後79年。毎年夏には、8月6日の広島、8月9日の長崎の式典での原爆投下に関する報道に触れ、新ためて、戦争の無残さや残酷さ、いつまでも影響される苦しさなど、確認する機会となります。しかし、戦争はおわっていません。日本でもいまだに苦しめられている人がいます。世界では、戦争が起こり、多くの方々がなくなっています。その報道を見るたびに、どこかむなしさと苦しさを感じてしまいます。
毎年、広島、長崎では平和に向けたメッセージは発せられます。
広島では松井市長さんが、
「皆さん、自国の安全保障のためには核戦力の強化が必要だという考え方をどう思われますか。また、他国より優位に立ち続けるために繰り広げられている軍備拡大競争についてどう思いますか。」
長崎では鈴木市長さんが
「原爆を作る人々よ! しばし手を休め 眼をとじ給え昭和20年8月9日! あなた方が作った 原爆で幾万の尊い生命が奪われ家 財産が一瞬にして無に帰し 平和な家庭が破壊しつくされたのだ 残された者は無から起ち上がらねばならぬ 血みどろな生活への苦しい道と 明日をも知れぬ原子病の不安と そして肉親を失った無限の悲しみが いついつまでも尾をひいて行く」
と原爆症と闘いながら原爆の悲惨さを訴えた福田須磨子さんの詩から話が始まりました。
どちらも、世界の恒久平和を願い世界に訴える内容です。
また、毎年、広島では、こども代表児童が「平和への誓い」として訴えます。
79年たってもつらく悲しい記憶に苦しめ続けられている曾祖母のことを伝え、願うだけでは平和はおとずれない、平和をつくっていくのは、私たちです、と訴えます。そして、私たちのできる平和への1歩は、
「一人一人が相手の話をよく聞くこと」
「違いを良さと捉え、自分の考えを見直すこと」
「仲間と協力し、一つのことを成し遂げること」
と語りかけました。対話とつながり、というキーワードが思い浮かびました。対話とつながりが、人と人とをつなぎ、互いを尊重し合うことにつながるということを改め今、発しているのだと思います。
そして、「・・・平和記念資料館を見学し、被爆者の言葉に触れてください。そして、家族や友達と平和の尊さや命の重みについて語り合いましょう。世界を変える平和への一歩を今、踏み出します。」
と言葉を締めくくりました。
平和をつくる主体者として、その自覚と責任が問われているように思いました。
まずは、身近は社会から、攻撃をして自分を維持するのではなく、つながりあって自らをよりよく過ごせるように、互いが思いや考えを語り合い、違いを認めあい、受け入れ、自分の考えに取り込みながら、互いによりよく成長しているようなそんな社会をみなさんとつくっていきたいと思います。
きっと平和な社会は、身近は平和の積み重ねなのだと思います。身近なところからのつながりが、世界の清和へとつながっていくのでは・・・
校長 岡本雅文