一ノ瀬の観音堂 8月6日
- 公開日
- 2013/08/08
- 更新日
- 2013/08/08
校長室から
8月6日。一ノ瀬の中川さんに観音堂の中に保存している明治6年作成された地図を見せていただきました。縦横1.5メートルほどの地図に,山地や住宅地に持ち主の名前が記されており,何百年も昔から続いている人と人とのつながりを感じさせてくれるに十分なものでした。観音堂の中は畳敷きになっており,前方に蓮の飾りと仏壇があり,その下の引き出しを開けて,十六菊のご紋がついている長持があることを見せていただき,御所とゆかりの深い梅ケ畑の歴史を感じさせられました。
この一ノ瀬では二十歳になった青年をお酒で祝うために,三三九度に使うような柄杓を見せていただきました。でも近年は二十歳を迎える青年が減り,次,この柄杓を使うのは数年後と聞きました。
観音堂は国道162号線の一筋山手に建てられており,山を降り,162号線を渡るとそこに護法善神社という小さな一ノ瀬の神社があります。この神社の造りは町で見る神社とまた違った造りでした。そのいわれは中川さんにもよくわからないということでした。
高雄小学校100周年記念誌「郷土のあゆみ」を見ると,梅ケ畑殿畑町(一ノ瀬の正式名),周山街道に沿って鎮座するこの小社は,文字通り,仏法を守る善神として,神護寺創建当初より,この寺の鎮守的存在として崇敬せられ,その後,天満宮・弁財天を合祀し,社僧や,地元一ノ瀬住民によって護持されてきた。とあります。(護法善神の確実な起源を探る資料は不明)相当古いものであることに間違いありません。